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24時間「母」でいられないわたしへ

子供を産んだばかりの頃、子育てが全く苦じゃなかった。

寝れない、自分の時間がない、不自由はあったけど、それ以上に「母」でいられることが嬉しかった。

こども向けの番組を見て一緒に笑った。
毎日手遊びをした。
ご飯も日替わりで手作りした。

夜泣きした日は、抱っこして子守唄を歌ったりした。
泣いてる姿も可愛かった。

子供の将来のために、お金を貯めた。
自分の好きなものなんて、いらなかった。

好きだった音楽も、テレビも、見なくて全然平気。
子供の喜ぶ顔が見られればそれで良かった。

全然、苦じゃなかった。


けどいつからだろう。
子どもの要求に応えるのが、面倒だと感じるようになった。

子ども向けの番組が全然面白くない。
毎日同じ歌の繰り返しでうんざりする。
手遊び?なにそれ?

抱っこが重くてしんどい。
自分の好きな服が欲しい。
好きなテレビが見たい。音楽も、ゲームもやりたい。

子供の泣き声がうるさい。
なんで私が全部我慢しなくちゃいけないの。

もう何もかもめんどくさい。


子供そっちのけでスマホに張り付いてる。
私がおかしくなっちゃったんだと思ってた。

こんな、子供後回しでなにやってるんだろう。

どうすれば、元の私に戻れる?
子育てが苦じゃない、私に。


元に戻る方法を探していて、気づいた。
今までの私が、「頑張ってた」んだって。
我が子と一体化して、自分がわからなくなるくらい、一生懸命だったんだって。

「母」でいようとしてた。
母にしがみつこうとしてた。

今は、本来の自分に戻っただけ。

私と子供は、違う人間だって、
私には限界があるって、
自分の幸せと子供の幸せは違うって、気づいてる。

24時間母でいられなくて、当たり前。
子供に合わせられなくて、当たり前。
それはひどいことじゃなくて、「出発」なんだ。

私が私の人生を歩み始める、兆し。

母としての私も、
一人の私も、
どちらも大切にできるように。
今日もまた、歩いていこうと思う。


最後まで読んでくださってありがとうございました。
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