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やりたいことは探すものじゃなく、思い出すものだった

こんにちは、みほです。
これまで、自分のやりたいことがわからなかった私。

自己分析の本を読んだり、ワークをやったり、
八木仁平さんの自己理解の動画を何日も見て、
繰り返しワークにも取り組みました。

でも、どうしても「今やっていること」
子育てやボランティアなど、
“すでに頑張っていること”の延長線でしか
「やりたいこと」を考えられない自分がいました。

「価値観」というフィルターが、今の生活の中に寄ってしまう。
それ以外の世界がまったく見えてこない。

ワークをやるたびに、「やりたいこと」が
コロコロ変わっていました。

きっかけは「発信」

以前の記事で詳しく書きましたが、
私はインスタグラムやnoteでの発信を通じて、自分の中にあった“いらないもの”を、手放していくことができるようになりました。

誰にも言えなかった傷。
わかってほしかった気持ち。
満たされなかった思い。

それらを書き出していくうちに、
少しずつ心のスペースができていった。

そうして心の中が少しずつ片づいていったら、
ようやく押し込めていた自分の声が、聞こえるようになったんです。


そんな時、ふと思い出したのは、小学生の頃のこと。

・作文だけはあっという間に書けたこと
・クラスの新聞係をやっていたこと
・文章に合うイラストを添えて伝えるのが
 楽しかったこと
・学んだことを、人に話すのが大好きだったこと

「みほは文章を書くのが上手だね。」って両親が褒めてくれたことを思い出した。
「私なんて大したことない」って立ち止まっていたのは
わたし自身だった。

「自分の気づきを、誰かに届けたい」
あの頃と変わらない気持ちが、ふっと蘇ってきました。

当時インスタグラムで発信をしていた私は、文章で自由に投稿できるnoteの存在を知り、そちらでも発信を始めました。

思い返せば、小学生の頃の私は毎月B4の紙に「○年○組新聞」と題して、今週あった出来事や、クラスで流行っている遊び、イラスト、クイズや投票まで、自分でコーナーを考えて書いていました。

作文や絵日記も好きだったけれど、
特にこの「新聞づくり」が楽しくて仕方なかったんです。

よく観察してみると、
今やっているnoteやInstagramの発信と、
びっくりするほど共通点があるんですよね。

インスタもnoteも、自分なりにテーマを決めて書いていくスタイルが、どこか「新聞係」に似ているな、と感じています。

「誰かに届けたい」「伝えるって楽しい」

そんな気持ちは、ずっと前から私の中にあったんだなぁと。
すっかり忘れていたけれど、思い出すことができました。

今も両方やっていますが、更新頻度は完全にnote寄りです。


今の私の「やりたいこと」

これまでの私は、常に自分を守ることで精一杯でした。
自分を責めて、自信がなくて、未来なんて描けなかった。

でも、発信で心が片づいて、やっと安心できる場所ができた。
そうして初めて、「夢」を描くスペースができたんだと思います。

今、私がやりたいのは、
「気づきを言葉にして届ける」こと。

私は今、「思想系クリエイター」という生き方に
挑戦しています。
  • 何気ない日常の中にある、生き方のヒントをすくい上げる

  • スルーしがちな「なぜ?」「どうして?」を掘り下げる

  • 自分の経験から、誰かの支えになるような“気づき”を言葉にする

無理なく、やさしく、そっと届けていく。
今はそれが楽しくて、夢中になれる。

「ああ、これが“好き”ってことなんだ」と、実感しています。

もちろん、子どもが入園してできた“一人の時間”という物理的な変化も、今の私には大きかったです。
でも、その時間を「心の片づけ」に使えたのは、発信があったからこそ。

「やりたいことがわからない」と悩んでいた過去の私に、今の私が伝えたいこと。

やりたいことは、安心感の先にある。
心の中が片づいたとき、自然と思い出すもの。

焦らなくて大丈夫。
書いて、話して、自分を知ることで、ちゃんと見えてくるから。

最後まで読んでくださってありがとうございます。
今後も繊細さん向けの気づきやセルフカウンセリングとしての発信について、書いていきます。
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