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「選択肢はひとつしかない」と思っていたけれど。子育てで見つけた中庸

※追記
この記事は、私が「中庸を正解だと信じていた頃」に書いたものです。
今は、中庸を「うまくやるための答え」ではなく、
立ち止まって自分の位置を確かめる視点として捉えています。
その変化も含めて、今の私の記録です。

こんにちは、みほです。
中庸(ちゅうよう)=“ちょうどいい”を、
暮らしの中で探しています。

今日は、わたし自身の
子育ての中で気づいた、“あいだ”の話をしたいと思います。


「これしかない」と思わせる育て方

園帰りに公園に行きたいという子ども。
でも、チャイルドシートに座らず、
「助手席がいいー!」と暴れます。

「前の席は危ないよ。命を守るためには、
後ろでチャイルドシートだよ」

そう伝えても、納得するはずもなく。
そして私が耐えきれずに言ってしまう。

「チャイルドシートに乗ったら公園に行く。
乗らないなら行かないよ。」

これ、よくやってしまいます。
選択肢を削るスタイル。
「これしかないよ」で言うことを聞かせる方法。


もちろん、ルールを教えることは大切。
「もう寝る時間だよ」「ゲームは30分だよ」

そうやって区切りをつけることで、
けじめを学ぶこともある。

でも、そればかりになると、
「選択肢はひとつしかない」と
思いこませてしまうかもしれない。


そんなことを、最近よく考えるようになりました。


「これしかない」は、わたしの中にもあった

思えば、私自身もそうやって育ってきました。

「言われたことをやる」
「決まっていることを守る」。

いつの間にか、“正解はひとつ”という
思い込みが染みついて、
人生の岐路でも「行くか」「やめるか」の
二択しか見えなくなっていました。

でも本当は、そのあいだに、
いくつもの道があった。

それに気づけたのは、母になってからでした。


ジュースを買うまでの“あいだ”を探して

一悶着のあと、チャイルドシートに座ってくれて
公園へ行けました。

帰りに自販機でジュースを買おうとしたら、
財布の中は5150円。

自販機には5000円札が入らない。
電子マネーも使えない。子どもは2人。

最初は、150円のジュースを1本買って
2人で分ける提案をしたけれど、
欲しいものが違って不採用。

隣のパン屋でお金を崩す方法も思いついたけれど、
今日はパンを買う予定じゃない。
わざわざ不要なものを買うのも気が進まない。

少し考えて、コンビニで買うことを思いつきました。
コンビニなら5000円札も使えるし、
ついでにわたしのコーヒーも買える。

結局、それでみんなが満足して帰れました。


これも、“あいだ”の選択だった

以前の私なら、

「お金が入らないんだから、
我慢するしかないでしょ!」

で終わっていたと思います。

泣きわめく子どもをなだめながら帰って、
自分の息抜きもできず、
イライラしていたと思います。

でもあの日は、少し立ち止まって考えられた。
ただ我慢を教えるでもなく、欲しいものを全部叶えるでもなく、
“みんなが気持ちよく帰れる方法”を探しただけ。

それが、結果的にいちばん穏やかでした。

我慢させることと、甘やかすこと。
そのあいだに、“思いやりのある判断”がある。

それを見つけられるようになってから、
わたし自身も楽になりました。


おわりに

子育てって、どうしても
「正しい選択」を探しがちだけれど、
本当は、“あいだ”にこそ、
みんなが笑える道がある
気がします。

わたしがあいだを見つけられるようになったら、
きっと子どもも、そうやって選べるようになるはず。

完璧じゃなくてもいい。
そのたびに“あいだ”を探していけたら、
毎日が少しだけ優しくなる気がします。


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