大病院、中規模病院、訪問看護。全部やって、私は会社員になった。
長かったGWが終わり、少しずつ夏の気配が濃くなってきた。
仕事のペースにまだ馴染めていない方、通常の日常に戻りほっとしている方、色々いらっしゃると思う。
皆さん、毎日お疲れ様です。
私の方はというと、やっと体調が戻ってきて、外に出られるようになってきた。
週末は久しぶりに外出して、見たかった展示を見たり、外食もできて、いい気分転換になった。
今日は何を書こうかと考えたときに、看護師として働いてきた10年間を、時期ごとに区切りながら振り返ってみたいと思った。
というのも、私はこれまで
・大きな病院で5年
・中規模病院で3年
・訪問看護で2年
働いてきた。
今の会社に転職したことも含めると、計3回の転職活動をしてきた。
医療職だけでも、3か所の職場を経験した。
理由は、自分に合った看護師の働き方を見つけたかったからだ。
こうして並べると、よく頑張ったなと思う。
ただ毎日、なんとか働いて、なんとか日々を生き抜いてきた。
今日はそんな10年間を、少し振り返ってみようと思う。
同じ看護師さんはもちろん、医療業界にあまり馴染みのない方にも、楽しんで読める形でお届けしたい。
① 最初の5年|大病院時代
最初に就職したのは、かなり規模の大きい病院の整形外科だった。救急車はどんどん来て、ナースコールは鳴りっぱなし。
毎日、「今日を生き延びる」だけで精一杯だった。
今振り返ると、あの頃の私は患者の急変を常に心配して、張り詰めながら働いていた。そのせいか、肩と首の凝りがひどくて、しょっちゅう頭痛を起こしていた。
家にいても仕事のことを考えてしまうし、夜勤前は急変に当たらないか心配でずっと憂うつ。
毎日急変に当たりませんように、と祈りながら働いていた。
でもそんな環境だったからこそ、学べたことも本当に多かった。
急変対応や忙しい現場での動き方、チーム医療の空気感、最新の医療。あの時の経験が、今の自分の土台になっている感覚がある。
ただ、「強くなった」というより、「身を削りながら覚えた」に近い気がしている。
目まぐるしい毎日の中で、たくさんの業務に溺れるように仕事をしていた。そんな中で患者一人一人と丁寧に関わることは難しかった。
もっと一人ひとりの患者と関わる時間が欲しいと、いつしか考えるようになった。
詳しい状況については、こちらの記事にも書いているので、よければ読んでいただけるとうれしい。
② 次の3年|中規模病院時代
その後、少し規模感を落として中規模病院の内科へ転職した。
今思えば、ここでの仕事は看護師時代で一番穏やかな時間だったと思う。
救急搬送される患者数は圧倒的に少なく、病棟の患者数も最初の病院と比較すると半減した。
おかげで、患者と向き合える時間は増えて、近い距離で関わることができた。
ただここの病院は財政状況がよくなく、給料が出るかわからないといった噂が常に流れていた。
そのことにかなりのストレスを感じていたし、医療業界の将来に不安感を覚えたのも、この時からだったと思う。
職員同士の人間関係は良くも悪くも距離が近く、“逃げ場が少ない”感覚はあったが、ひどいパワハラなどはなかった。
入院する患者はご高齢の末期の状態の患者がメインとなっており、お看取りが多かった。
無暗に積極的な治療をしないことは、医療従事者としてよかったと思えたが、長期の入院になり、自宅に帰ることが叶わないまま、亡くなってしまう患者が多かった。
そのことが心に残り、在宅医療に興味を持つようになった。
③ 最後の2年|訪問看護時代
そして最後に経験したのが、訪問看護だった。
これは病院とは、本当に別世界だった。
病院では周りに誰かがいる。困ったら相談できるし、急変時もみんなで動ける。何より医師が必ずいた。
でも訪問看護は、基本的に一人。
利用者さんのお宅へ行き、その場で判断して動かなければいけない。
最初はかなり不安だった。
でもその分、「生活を見る看護」と「患者本人の意思を尊重した医療」を一番強く感じたのも訪問看護だった。
病院では見えなかった、その人の退院後の日常生活。
部屋の空気、食事、家族との関係、生活のクセ。
“病気”だけではなく、“その人の人生”に関われている感覚があった。
同時に、病院とは違う孤独感もあった。
一人で訪問して、一人で判断して、一人で帰る。
そして月に1回、1週間、24時間対応の電話当番。利用者からいつかかってくるかわからない電話に、緊張して夜も眠れなかった。
余談だが、都内の訪問看護だったため、移動はすべて電動自転車だった。夏の暑い日も、雨の日も、雪の日も、利用者の命がかかっているため、休むことなく訪問しないといけない。
様々な状況を想定して、必要な物品を持ち歩いていたので、荷物はいつも5㎏以上あったと思う。
やりがいはあったが、体力的にこの仕事をずっと続けることは難しいと早い段階で感じていた。
またこの職場でも、なかなかのパワハラ上司にあたり、追い詰められたことがきっかけで、医療業界から離れようと決意することとなった。
そのことについては、また今後記事を書きたいと思っている。
10年やって思うこと
10年間、色々な場所で働いて、たくさんの人に会ってきた。
やりがいはもちろんあった。
患者や家族から「ありがとう」と言ってもらえることが、とてもうれしかった。
ただそれ以上に、
医療業界独特の人間関係の難しさや責任の重さ、夜勤のつらさは、私にはかなり負担が大きかった。
そして3つの職場を通して分かったことは、「不測の事態」は自分にとってかなりストレスが大きいということだ。
だから、「不測の事態」が起こりにくい今の会社員の形で働くことを決意した。選んだ理由には、両親を安心させたい思いも多少あった。
ちなみに今の会社員は、保健師の資格を生かした仕事である。看護師からは離れられたが、専門職であることからは離れられなかった。
今になって思うことは、もっと早い段階で全然違う仕事にチャレンジしてもよかったのでは、ということだ。
一度キャリアを積み始めると、
必死で積み上げてきたものを手放すことが怖かった。
でも念願の会社員になったところで、今度はパワハラに遭い、今の状況になっている。
会社員になった当時は、そんなこと全く予想もしていなかった。おそらく、ずっとここで働いていくのだろうと考えていた。
本当に人生は、何が起こるかわからない。
こうやって振り返ると、なかなか濃い10年ちょっとの社会人生活である。
遠回りばかりした10年だった気もする。でも無駄な時間ではなかった。
その時間があったおかげで、ようやく「自分に合わない生き方」と「自分のしたい生き方」が分かったからだ。
もっとざっくり言うならば、自分が何が好きで、何が苦手かやっと分かった。
これまでは、積み上げてきたキャリアや周囲の期待を優先して生きてきた部分が大きかった。これからは自分のやりたいように、好きなことをしながら生きていこうと思う。
自分の人生、やりたいことをやって、最期は悔いなく楽しかった!と思えるように生きていきたい。
読者の中には、
同じようにキャリアや生き方に悩んでいる方もいるかもしれない。
私の記事を読んで
「自分のやりたいように生きてみようかな」、
そんなふうに少しでも思ってもらえたら、とてもうれしい。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
追記
ありがたいことに、今日noteのフォロワーさんが100人を超えました!
いつも読んでくださって、本当にありがとうございます。
まさかこんなにたくさんの方に読んでいただけるとは思っていなかったので、驚きつつ、とてもうれしく思っています。
これからも、自分のペースで丁寧に書いていきたいと思います。
今までの仕事のことや、今の職場で感じたことなどを書いた記事を掲載しています。
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ぜひご覧ください!
2026.5.13追記
たーゼさんの2つのマガジンに、こちらの記事を掲載していただけました!
たーゼさんがいいなと感じたり、心に残った記事を掲載されているそうです。
クリエイターのたーゼさんはこちらです。
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