夏の終わりが続いていく
7月。夏が本格的にやってくる。今日は最高気温が28℃で曇りの日だ。梅雨はまだ続いている。どんよりと晴れ間のない日が続いていて、洗濯物が生乾きになることもしょっちゅう。あー梅雨は嫌だなあと思いながらあの暗い色の雲を睨みつけてみる。驚くほどに反応がなかった。
しかし私の今の敵は梅雨ではない。夏だ。夏が目の前にじりじりと近づいてきている。台風のように「運よく逸れました」なんていうことは決してない、恐ろしき敵。しかし夏はまだこの部屋に来ていない。そう思っていた。
その認識を改めずにいられなくなったのは今日だった。室温はまだ27℃しかないのに、部屋が暑い。もう扇風機が欠かせない。冷たい飲み物がやたらと飲みたくなる。終わったばかりの初夏。まだ暑さは序の口のはずだ。それなのに私は気づいてしまった。
暑すぎてもう無理。
7月になったばかりというのにあっという間に訪れた限界だった。昨年の夏は何をしていたのか思い出そうとするも、どうやってこの地獄を乗り越えることができていたのか全く思い出せない。もちろん手帳にはこなしてきた予定の数々に、ささやかではあるが日記なども記してあった。
だけど心のなかでもう一人の私が悲痛な声で叫ぶ。「ちがーう!こういうことを知りたいんじゃない」と。
当時の私はどうやって夏を過ごしていたのかを事細かに知りたいのだ。当たり前のことながら、検索すればいくらだって夏の暑さを和らげる方法やアイテムは出てくる。しかし、問題はそこではない。
私はこの暑さを過ごすうえでの心持ちが知りたいのだ。暑くてたまらない日でもどうにか明日を生きようと強く思えるだけの。明日もその先も、あと三ヶ月くらい暑い日が続くよという現実で心が折れないようにするための、何か。そんな何かが欲しかったのだった。
扇風機にタイマーをつけながら、昔は真夏日っていうのが30℃くらいでみんなそれくらいなのに「今日は暑いですねー」なんて挨拶をしていたということを思い出す。あなたたちはこんな気持ちになったことがないんだね、羨ましい。
現在では35℃が当たり前。40℃を超える日すらある。9月は暦上は秋でも、実質的に夏。
それがデフォになってしまったんだよ…!私はあくまで心のなかで崩れ落ちた。よくわからない茶番を繰り広げるくらいにはすでに脳が暑さでやられているようだった。あーもう無理。逃亡したい。
昔の自分って夏休みとか何を楽しみにしていたんだろう。もうちょっと涼しかったなら、楽しみくらいはあっただろうに。大人になってからは夏休みなんて縁が遠くなってしまったけど、たぶん何かあったはず。
海やプールに行く。おじいちゃんおばあちゃんの家に行く。かき氷を食べる。友達とたくさん遊べる。宿題がある。そのことで怒られる。間に合わなくて答えを丸写しする。自由研究が新学期寸前まで思いつかなくて焦る。読書感想文は苦手。絵も下手だし書きたくない。
夏休みの最終日のスケジュール。午前中は風景画の色塗り。午後だけのはずが、深夜まで続くことになる算数のワーク。
その時、ふと思い出した光景があった。私が宿題として書いた風景画。ぎりぎりになって行ける場所がないから、私はあろうことか自宅のベランダから見える風景を書いた。今思えば手抜きなことこの上ない。よく先生に怒られなかったものだ。
私はたくさん緑の絵の具を使った。ぽんぽんと置いては重なる葉っぱを表現した。友達の技法を丸パクリしたものだ。それでなんとか間に合った。だけどもう、外に出てもそんなものはない。緑の絵の具をあんなに必要とする景色はどこにもなくなってしまった。
冷蔵庫からパピコを取り出して口に含んだ。心のなかで「ああ、君とは当時からの付き合いだったっけ」と呟く。未来に続くもの、過去のどこかでぷつんと切れてしまうもの。過ぎ去ったものにはもう追いつけはしない。
なんとなく友達に連絡を取りたくなった。
