グラフィッチ(Grafite):VfLヴォルフスブルクのレジェンドと2008/09シーズンのブンデスリーガ優勝!
グラフィッチ

Edinaldo Batista Libânio
生年月日:1979年 4月2日
出身:ジュンジアイ, サンパウロ, ブラジル
身長:189cm 利き足:右足
ポジション:ストライカー
VfLヴォルフスブルクでの成績:130試合 75ゴール
伝説となった2008/09シーズン

2008/09シーズンは、ブンデスリーガのファンにとってサプライズの多いシーズンだっただろう。例えば、FCバイエルン・ミュンヘンと同じ勝点でシーズン前半戦を首位で折り返したのは、昇格1年目のTSG1899ホッフェンハイム。ラルフ・ラングニック監督が率いた同クラブは、ヴェダト・イビシェヴィッチやデンバ・バ、チネドゥ・オバシの攻撃ユニットでリーグを蹂躙した。
しかし最大のサプライズは、VfLヴォルフスブルクのクラブ史上初のリーグ優勝だった。同クラブが前半を折り返した際の順位は9位。ところが後半戦に突入すると、第19節から破竹の10連勝を挙げ、一気に首位へ浮上した。第26節のバイエルン戦で5-1の大勝を収めるなど、抜群の攻撃力を誇った同クラブは、最終節のSVヴェルダー・ブレーメン戦で再び5-1と大勝し、優勝を飾った。
VfLヴォルフスブルクの攻撃ユニット

同シーズンのヴォルフスブルクは、フェリックス・マガト監督のもとで優れた組織を形成した。とくにクラブを牽引したのは、ズヴェズダン・ミシモヴィッチ、エディン・ジェコ、そしてグラフィッチの1トップ下+2トップの攻撃ユニット。2人で合計54ゴールを挙げたジェコとグラフィッチの2トップと、その2人のサポート役となって7ゴール20アシストを記録したミシモヴィッチの連携は見事だった。
なかでも特大のインパクトを残したのがグラフィッチだ。第26節のバイエルン戦では、のちに同年のドイツ年間最優秀ゴールにも選ばれる、見事なゴールを決めてみせたのだ。左のハーフスペースでボールを受けると、相手DF2人をドリブルで鮮やかに躱し、ペナルティエリア中央までカットインしたところで放った踵でのシュートで得点したのだ。10年以上経った今見ても、圧巻のプレーである。
グラフィッチのプレースタイル

グラフィッチのプレーの最大の特徴は、スピードに乗った状態でも正確なシュートを放つことができる能力だろう。グラフィッチは味方からスルーパスを引き出すと、加速しつつペナルティエリア内に持ち込み、正確に逆サイドのゴールネットに向けてシュートを放つことができる。パスを受けた瞬間から一気にスプリントで仕掛けるので、相手DFが追いつくのは困難だ。
そのうえで、グラフィッチは単独でのドリブルの仕掛けも得意としている。縦とカットインのどちらもレパートリーにあるため、相手選手にとって守り切るのは困難だ。また189cmの体格を活かしたボールキープと、そこから反転してのシュートも得意としている。総じてグラフィッチと対峙したDFは、裏のスペースをケアしつつ、ドリブルでの仕掛けも防がなければならない。対応が困難なFWだ。
VfLヴォルフスブルクでのキャリア

グラフィッチは、まごうことなきヴォルフスブルクのレジェンドであるものの、彼が同クラブでプレーしたのは2007/08シーズンから2010/11シーズンの4シーズンの間だけだった。2007年、当時27歳のグラフィッチは、フランスのル・マンFCからヴォルフスブルクへ加入。マガトの監督就任と同時期にクラブの一因となったグラフィッチは、1シーズン目から11ゴールと活躍した。
2シーズン目はすでに承知の通り、リーグ優勝を果たした2008/09シーズン。シャルケ04相手にハットトリックを挙げるなど、完成されたストライカーとしての時期を謳歌した。王者として臨んだ2009/10シーズン、グラフィッチはチャンピオンズリーグでのデビュー戦となったCSKAモスクワ戦でハットトリックを挙げ、リーグ戦でも11ゴールを記録。しかし、チームは8位と低迷した。
2010/11シーズン、ジェコとミシモヴィッチの退団もあり、ヴォルフスブルクは凋落する。2シーズン前には優勝したクラブが15位でシーズンを終えることとなった。グラフィッチは9ゴールを挙げるも、32歳とキャリアの晩年に差し掛かっていたこともあり、UAEのアル・アハリへ移籍を果たした。そんなグラフィッチは、2020年にヴォルフスブルクの初代インターナショナル・ブランド・アンバサダーに就任している。
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