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『20世紀は人間を幸福にしたか』ノート

柳田邦男著
講談社刊

 このタイトルを見て、「した」と答える人がいるだろうか。
 もちろん個々人の次元では、「幸福になった」あるいは「幸福であった」という人はいるだろう。しかしこの問いは、個々人ではなく、この地球上の人類にとっての話であり、この100年間ははたして人間を幸せにしたのだろうか、という問いである。

 21世紀も四半世紀をすぎようとしているいま、前世紀を振り返って、識者は、「20世紀は世界戦争の世紀であった」とか、「革命の世紀であった」などさまざまな定義をしている。
 1901年から2000年の100年間の歴史を見てみると、二度の世界戦争と原子爆弾や水素爆弾、化学兵器などの大量殺戮兵器が開発され、ロシア革命や中国革命などがあったので、このような20世紀の定義はもっともであろう。

 本書によれば、先にあげた二つの定義のほか、「民族自立・民族紛争の世紀」、「イデオロギーの世紀」、「第三世界勃興の世紀」、「科学技術の世紀」、「大量生産・大量消費の世紀」、「メディアの世紀」、「大衆文化の世紀」、「地球環境破壊の世紀」などがあげられている。
 これらの定義を考えただけでも、20世紀は決して幸せな100年ではありえないように思える。この地球上で、「幸福」を享受した人間は地域的に、また時期的・時間的に偏在しており、「大量生産・大量消費の世紀」、「メディアの世紀」、「大衆文化の世紀」については特にそうである。
 さらに、「民族自立・民族紛争の世紀」、「イデオロギーの世紀」、「第三世界勃興の世紀」、「科学技術の世紀」の定義の裏には、戦争や紛争があり、科学技術は最終的には核兵器を生み、いまだそのコントロールの術を人類は見つけられないままの現状を表している。

 この本は1998年1月に刊行されている。
 1996年1月から8月に雑誌『現代』で連載された本書と同じタイトルの8篇の対談を当初収載する予定であったが、1997年におきた神戸市須磨区の中学生による小学生殺人事件いわゆる「酒鬼薔薇事件」をきっかけに、「子どもの病むこころ、子どもの教育、親子関係などの深刻な状況が真剣に議論されるようになり」(P5「はじめに」)、そこに戦後史のひとつの帰結が投影されていると著者の柳田には思え、同じく『現代』の1998年1月号に河合隼雄との対談を掲載し、それも最終章に加えて9篇、8人の識者との対談集としたものである。

 筆者は若い頃から河合隼雄や柳田邦男の本をよく読んできた。
 河合の著作集や対談集や随筆などおそらく30冊くらいは読んでおり、2022年10月28日にこのnoteで『影の現象学』(講談社学術文庫)を取り上げたことがある。
 柳田邦男の本は、『マッハの恐怖』をはじめ、『空白の天気図』や『ガン回廊の朝』、『最新医学の現場』など科学ノンフィクションを中心に読んできた。

 第一章〈科学の世紀と「たましい」〉は、要素還元主義を基軸とする近代・現代科学批判が中心であり、20世紀への批判が展開される。

 河合隼雄は「たましい」というのは実体概念ではなく、きわめてあいまいなものであるが、人間は「たましい」の作用、あるいは、「たましい」のはたらきは体験すると述べる。そしてそのようなあいまいな言葉をなぜ大事なものとして使用するのか。それを自分のクライエントへの向き合い方と、困難な治療を経てよくなったクライエント自身の言葉で語られる。

 河合隼雄の著作である『宗教と科学の接点』(1986年 岩波書店)では次のように書いている。
「これに答えるためには、デカルトによる物と心の明確な切断について考えてみるとよい。デカルトの切断によって、すべてのことが明確になったが、それによって人間存在(下線部は原文では傍点)のもつ大切な何かが消え失せたのではないか。その大切な何かがたましいであり、デカルト的切断の明確さに対応するために、それはあいまいでなければならないのである」(P20)。

 次に、20世紀における「イデオロギーの崩壊」について触れている。
 柳田邦男は河合隼雄との対話の中で、「戦後、知識人が共産主義に走ったときに、そこにまとわりつくうさんくささに対して、『イデオロギーが人間から遊離している』」という河合隼雄の指摘を引用し、20世紀はいろんな歴史的な大実験をやった世紀で、そのなかの最大のものが、「イデオロギーは人間を幸福にできるか」であった、といっている。
 マルキシズムは食うや食わずの人間を救うために革命を起こし、生活レベルも上げてきた面もあったが、そのうち平等を唱えてきた人が金持ちになったり、権力者になったりとイデオロギーからの遊離が起きてくるというのである。その点では、ナチズムも、イデオロギーとしての資本主義もそうで、それで崩壊したのだという。

 この点に河合は同意し、さらに柳田は、「おめでたい人は、共産主義が崩壊したから資本主義がやっぱり正しかったみたいなことをいいますけど、全然違うんですね。資本主義による戦争や抑圧は凄かった。そして、資本主義は崩壊してまた別の形の、姿を変えた新しい資本主義だし、資本主義というよりも効率主義とか技術主義とか、そういうテクニカルな次元での新しい資本主義になっている」と書く。
 それを受けて、河合は、こっちが正しいからおまえはだめという二項対立で物事が解決するわけがないし、二項対立における理想を実現するには人を殺さなければならなくなると指摘する。
 その一方で、イデオロギーによる東西対立の時代はむしろ問題を解きやすかったが、それらが崩壊すると人間が古来持っていた民族や宗教による対立がむき出しになり、絶えず被害と加害が際限なく繰り返される時代になった。それが、20世紀が積み残した最大の問題だと柳田はいう。
 このことは、いまのイスラエルとハマスの紛争にもあてはまる。

 この対談の中で、河合は精神科の診療現場での話として、「正しいことをいっても役に立たない」ということをいっている。
 ドイツ語を勉強するときに、いまよりも1時間早く起きて勉強しろと言ったとしても、これは絶対的に正しいが、絶対にやれない。あるいは、親子でもめている人に、「お母さん、もう少し子どもに優しくしてください」と言うことは正しいが、優しくできないから困っているわけで、正しいことをいうのはだいたいあまり役に立たないし、本当に役に立つことをいうのはすごく難しいのだという。

 それを受けて柳田は、科学と宗教とか、従来から対立的に考えられていたものを必ずしも対峙という次元でとらえるのではなく、またどちらをとるかという考えでもなくて、それぞれの接点や共存という形で新しい思想の体系づけをしようとしているところが河合の思考法のユニークで重要なところだとし、曖昧なものを現実のまま許容していくような考え方、いわば東洋的な思考法のような気がするという。これは〝ネガティブ・ケイパビリティ〟そのものであろう。

 河合は、自然科学は黒白を明らかにするところでは力を持ち、さまざまなことが解明されたが、その方法論を、黒白を明らかにできないところにまで援用するのは大間違いだと指摘し、自然科学はその領域において正しいだけであり、自然科学の外にまで適用を始めると、それは「科学主義」というイデオロギーになってしまう。そして曖昧さを許容しない社会の弊害が、特にアメリカにおいては弊害が出てきている、という。

 河合隼雄と柳田邦男との対談が人間の次元から政治の次元にわたって多くの示唆に富んでおり、つい長くなった。
 
 このあとの章では、〈私のいのちは私のもの〉という医師で生命倫理(バイオエシックス)専門の星野一正との安楽死や脳死・臓器移植を巡る対談、〈「知の組みかえ」の時代〉における「臨床の知」を提唱する哲学者の中村雄二郎との対談も面白い。

〈「五つの終わり」のあとに〉という国際政治学者の髙坂正堯との対談では、歴史を読むことは我々に示唆を与えてくれ、運命への感覚を与えてくれるとし、①東西冷戦の時代、②西欧列強による世界争奪戦の時代、③マルクス主義時代、④中央集権化された強力なメガ国家の時代、⑤西欧中心の時代、の五つが終わりを迎えたという。そして20世紀はアメリカの世紀であったが、この大国はやがて衰退の道を歩むと予見している。

 このほか〈民族・宗教・文化の「脱異境」へ〉と題された中世思想史専門の樺山紘一との対話、〈能力主義(メリトクラシー)からデモクラシーへ〉と名付けられた理論経済学者の伊東光晴との対話、〈第三世界文学登場で真の世界文学へ〉での作家の加賀乙彦との対話、〈「安全」こそ科学技術の中心課題〉という科学哲学者の村上陽一郎との対話も、その後の福島原発事故を経験した私たちに多くの示唆を与えてくれる。

 最後の河合隼雄との対話〈子どもの危機からの警鐘〉では、個性ということに関連して、欧米の競争社会における実態と〝個性〟に対する彼我の捉え方の違いを明示し、日本では努力すればどの子でも一番になれるという前提があるので、成績が悪くてもその子をその子として認める力が親にも周囲にもないので子どもに対する親からの圧力が強く、それは子どもにとっては本当に不幸な問題だという指摘は重い。

 筆者は1951年生まれで、20世紀のちょうど半分を経験しているが、『20世紀は人間を幸福にしたか』という問いについて、私たちの後に続く世代により多くの深刻な課題を残したのではないかとの懸念がある、ということで答えとしたい。

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