【もう一度会いたくて】暁にみた夢/番外編vol.6
突然の父の死を、到底受け入れることはできなかった。
何とか頑張って、葬儀は終えた。
最後の気力を振り絞ったといってもいい。
こんな時なのに、哀しみを共にする家族もいないなんて。
もう、私の力は残っていない。
気力もない。食欲もない。
それなのに、やらなければならない事がたくさんある。
手すりの取り付け工事は施工直前にキャンセル。
今日は、介護用のレンタル品を回収する業者さんたちが訪れている。
挨拶の際、愛想笑いをする気にもなれず、部屋の入口に寄りかかって、作業の様子をながめていた。
今は何も考えたくない。
隣のリビングから、TVの声が聞こえてくる。
あれから毎日、TVはつけっぱなし。
何か音がしていないと、どうにかなってしまいそう。
もう既に私はどうにかなっているのかもしれない。
アナウンサーの声は、欧州で起きた森林火災で亡くなった人が出たと伝えている。
そうか、今日も世界中で誰かが亡くなっているんだ。
作業をぼんやりと見つめながら、耳だけはTVの音を聞いていた。
「すみません。こちらの書類にサインを願い出来ますか」
ひとりが作業の手を休めて、書面を持ってきた。
聞けば、申し込んだ品物の数分、サインが必要だという。
介護ベッド、マット、柵
それに車いすのスロープも。
何も使わないまま、全てが白紙に戻ってしまった。
この虚しさ。手書きでサインする辛さ。
ペンを持つ指先に力など入りようもない。
業者さんたちは、こうした場面には慣れているのだろうか。
余計な事は喋らず、二人ともひたすら作業に集中している。
しかも、手際が良いことこの上ない。
組み立てたときよりもはるかに早く、あっという間にベッドは姿を消してしまった。
サインした書面を渡すと、二人は挨拶もそこそこに立ち去って行った。
しいんと静まり返った部屋にひとり残された。
広々とした空間が、そこに置いてあったベッドの大きさを物語っていた。
片隅に取り残されたのは、唯一購入したポータブルトイレ。
直接肌が触れるものはレンタル出来ないということだった。
これを、誰が使うというの。
TVはニュースが終わって、バラエティ番組に変わっていた。
もうこれ以上立っていられない。
リビングのソファに身を投げ出した。
昼寝でもしようと思ったその瞬間―
お父さん?
そこにいるの…。
いつもお父さんが座っていた場所。
誰もそこにはいない。
当たり前だ。
でも肌の感覚だけが、そこに確かに人がいると言っている。
しかも、慣れ親しんだ父の感覚。
ベッドの解体をしていた時は、誰もいなかった。
それなのに、今は違う。
その時、リビングの床がゴミだらけだと気づいた。
葬儀の後、一切家事をやらなくなった。
コンビニでお弁当を買ってばかりいた。
どうやら食べ終わったお弁当のトレイをレジ袋に入れて、そのまま床に放り投げていたんだ。
そんなことをしていた事にも、気づかなかった。
夢の中で生きていたようなものだ。
こんな姿を父がみたら何て言うだろう。
「だらしがない」って、怒り出すかな。
父がいる方向を見ても、何も言ってくれない。
当たり前か。
もういないんだから。
がっかりして、うつむいた。
「お父さん…」
心の中で呼んでみる。
ふっと、胸の辺りがあたたかくなる。
あたたかな優しさが、胸の中に満ちあふれてくる。
ああ、これは―
病室で目が合った時に感じた、あたたかな父の優しさと同じ。
あの瞳を見た時に、胸の奥深くから感じた感覚。
やっぱり、これはお父さんだ。
そうだよね。
そこにいるんだよね。
会いに来てくれたんだよね。
(つづく)
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