見出し画像

【愛されていた記憶】暁にみた夢/番外編vol.7

あの日以来、朝起きてリビングに行くと、そこには父の気配がある。

例えて言うなら、家族全員が外出中で自分ひとりが先に帰宅したら、玄関に入った時から部屋の中には誰もいないと感じる空気感がある。
誰かいるときに帰宅すると、何も物音がしなくても部屋に誰かいると、気配を感じることがある。

自分の感覚でしか知ることのできない微かな気配だけれど、突然ひとりぼっちになって哀しみに暮れる心には、はかり知れない安心感をもたらしてくれる。

少し元気を取り戻して、床一面に散らかっていたゴミを片付けた。
ご飯を炊いて、お味噌汁を作れる時もある。
おかずは相変わらず買ってくるけれど。

少しずつ動いていこう。
今はまだ、無理をしたくない。
頑張る気力はまだ出て来ない。
少し、ゆっくりしたい。
立ち直る時間が欲しい。
お父さんも見守っていてくれると嬉しいな。

ピンポーン!
唐突にインターホンがなった。

あっ、そうだ。
もう一件、引き取りがあったんだ。
急ぎで手すりの工事をお願いしていた施工業者さんが、あらかじめ届けてくれていた手すりと部品一式を引き取りに来る日だった。

慌てて玄関ドアを開ける。
「すみません。折角急ぎで用意してくださったのに。お手数お掛けします」
「いえ、こちらこそ工事日前から品物を届けてしまってお邪魔でしたよね。すぐ車に積み込みますから」
見積もりで来てくれた時は、さわやかな営業さんだったけれど、さすがに今日はトーンが低い。

部屋の何か所にも付ける予定だった手すりと部品。直線の手すり、L字に曲がった手すり、長さもバラバラで運びにくそうだ。
営業さんは何度も部屋と車を行き来した。
私はその間に、解約書類にサインする。

全て運び終えた営業さんに、書類を渡しながらつい聞いてしまった。
「こういう事もあるんですかね。色々準備していて、無しになっちゃう事って」
「あ、いえ。まあ、そうですね……」

営業さんは、解約書の控えを丁寧に三つ折りにして封筒に入れながら、答えに窮している。
「ごめんなさい。変な事聞いちゃって」
「いえ…。ただ、お父様は嬉しかったと思いますよ」
「えっ?」
「見積もりとか、工事の段取りとか、慣れないと大変なことですよ。それを全部お一人でやられて」

いや、私の記憶には「早くやれ」って、怒ってばかりの父しか出て来ないけれど…。

さっきまで無口だった営業さんは話を続けた。
「実は、私は学生の頃に、父を病気で亡くしましてね。当時、実家を離れて下宿していたんでが、父の具合が悪いことを母親から聞かされていたのに全然見舞いに行かなかったんです」
「学校が忙しかったから?」
「いえ。怖かったんです。余命3ヶ月だと聞かされて、驚いてしまって。いつも家の中心にいて、厳しかった父親がいなくなってしまう事が、想像もできなくて。受けとめきれずに、ずっと逃げていたんです」

営業さんは、ちょっと悲しい顔をした。
思い出したくない記憶がよみがえってしまったのかもしれない。

「そうなんですね。私の場合は、父が入院したら当たり前に病気が治って帰ってくると思っていて、深刻な状況ではなかったので病院には行けたんだと思います」
「ご立派だと思います。結局自分は、長男なのに父のために何もできませんでした。葬式の時には、ただただ泣いていただけです」

「でも今、こういったお仕事でたくさんのひとを助けることをされていて、お父さんは喜んでるんじゃないでしょうか」
「そうですかね。だといいんですけど」
営業さんは、ようやく以前と同じ明るい笑顔を見せてくれた。

あんなに手際よく仕事の出来る人に見えても、心の中に何十年も消えない後悔があるんだ。
私は、今は頑張ったなと思ってるけど、後になったら、変わるのかな。よく分からない。
お父さんはどう思っていたかも分からないし。


ふわ~っ。
このところ、声を出してあくびをするようになってしまった。
まだまだ、疲れがとれていないんだ。
ちょっと人と喋っただけなのに、どっと疲れが出て来てしまった。

こういう時は、ソファにダイブ!
誰もいないと好き勝手できるのは、ありがたい。
あ、でもお父さん、そこにいるんだよね…。
たぶん。

ふわ~っ。
あくびが止まらない。

そういえば、看護師さんも言っていたっけ。
「いつも娘さんが来てくれて、お父さん嬉しいでしょうね」って。

そうか、そうか。お父さん。
喜んでくれていたのなら、私は後悔することはないってことだよね…。
ただ今は、もう少しだけ休ませてください。

ソファの柔らかさとともに夢の世界へいざなわれていく。


虫かごにいれたバッタを見ている私。
「おとうさん。こっちのバッタは緑色だけど、こっちのかごのバッタは、赤い色になったよ」
「ほんとだね。よく観察してるじゃないか。すごいな」
「うん! 大きくなったら虫はかせになるんだもん!」
「ほほ~、そうか。楽しみだな」

そうだった。私が虫を捕まえてくると、お父さんはいつも私の観察に付き合ってくれた。
そして、必ず褒めてくれたっけ。
細かい点にも気づく、いい目を持っているって。

図鑑で調べて一生懸命に世話をして、生き物たちを丁寧に扱っていることも見てくれていた。
頑張るところを認めてくれた。
そうだった。怖い人ではなかったんだ。
そっか。

私は、愛されていたんだ。

あのあたたかな瞳。
語る言葉から感じられる大きな優しさ。
ある時、子どもの私のことを、「尊敬する」と言ったこともあったっけ。
えって、びっくりしてお父さんの顔を覗き込んだら、とても真剣な顔にみえて驚いた。

曖昧な記憶が蘇ってくる。

「心が素直で、仕事熱心だ。
僕はそういう君のことを尊敬している。
だから、時にはリラックスする時間を意識して持つと言い。
これからも頼りにしている。よろしく頼むよ」

その話は、あの植物の研究ドームのことじゃないの?
なんか最近やたらに夢に出てくる、あれ。
えっ、あの男の人って、ひょっとして…。

(つづく)


いいなと思ったら応援しよう!

ミカモ(Mika Moriya) いただいたサポートは今後のクリエイター活動のために使わせていただきます。