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50年の窓 第16章

第16章 Ω研究会議

Ω研究会議
前述のΩボードでは火急の課題としてΩ研究会議の構成と推進方針について以下のように取り決め、Ω研究会議部門長のサムにオーダーが出た。
1、世界各国から本プロジェクトに成果を期待でき、且つ各国の行政府に指名された500名の識者をリストし会議への招聘
2、この500名の識者の会議体を「Ω研究会議」と命名し、以下の議論を開始する
・現状の科学的な再認識と、将来の可能なビジョン提示
・最悪の悲劇の想定と、その回避対策
このオーダーに対しサムは、カレン、ケントの両名を呼んで協力を求め、以下のΩ研究会議を定義し、活動を開始した。

Ω研究会議の定義
1、会議体をΩ研究会議と命名。メンバーは各国行政府に指名された500名程度の専門家。
2、会議体最上位にΩ研究会議ボードを置く。ボードの議長はCIA組であるΩ研究会議部門長(サム)、ボードメンバーは、以下に定義する約20名程度のWGの議長。
3、Ω研究会議ボードの配下に、全会員によるΩ研究会全体会議を置く。同会議の議長、副議長はΩ研究会議ボード議長の任命による。
4、Ω研究会全体会議の配下に複数のWGを置く。WGメンバーは招聘された識者の自薦。
5、海外からの専門家が参加する会議は基本全てネットワークによる会議とする。
Ωボードの議長であるNSA長官は、Ωボードにおいて、HQ部門にプロジェクト執行機関としてΩ研究会議を設置を指示し合意された。研究会全体会議は各国の行政府に指定された500名の専門家で構成される。WGの議長は原則WG内部の互選による。

サムは、カレンが経過の全てを理解している立場と遺伝子と脳機能研究の博士であることから、本人の希望も踏まえ以下の役を任命した。
1、本人の希望を捉え「遺伝子改変ウイルス研究WG01」の議長
2、Ω研究会議ボードメンバー
3、Ω研究会全体会議副議長
この人事は、カレンに取っては、今回のパンデミックについてWHOの「全世界80億人の90%が既に感染している」という事実から今後の対処は唯一「遺伝子を元に戻すウイルスの開発」以外に答えは無いと理解しており、自分以外に適者は無いと考えていた。
彼女の無意識のテーゼ「私は感染を止める。」に応える道として「遺伝子ウイルス研究WG01」でその解を求める道を躊躇なく選択していた。

ケントについては、サムは自分の直接の相談役とするべく当面の議長代行以外の組織ポジションを設定しなかった。しかし、カレンを専門家として位置付ける一方、500名のΩ研究会全体会議のキックオフ会議の議長はケント以外には考えられなかった。

大統領から、素人が議論にノイズを挟むことのないよう、「大統領はもちろん、NSA長官も、いずれの会議への参加もしない事」と指示された。サムの報告先はΩプロジェクトHQのボード議長である、NSA長官である。

8月1日の大統領の公式発表に続き、翌日にはこの「人類を救う」という壮大なミッションを持つ会議体が明確に法の上に定義され、改めて大統領令の発令で正式にスタートすることになった。カレンは、改めて、「人類救済」と言う課題に身が震える思いで、立ち上がる決意をさらに深くした。

プロジェクトの対象は、ディストピアを意味する「Dウイルス」と呼ばれ、このプロジェクトのΩは人類の終末を意識してΩの文字が選ばれた。また議論の合理的な展開と混乱を避けることを期待して、3歳未満でDウイルスに感染した人を、生物学的な種として今までの人類と変わらないが、機能に明らか違いがあり、今までの人類と区別せざるを得ないため「人類の亜種」と呼ぶことが決められた。

大統領の異例な全世界に対する公式発表の結果、この事件はたちまち世界中のメディアで報道され各国の政権の対応は今の所まちまちではあるが公の知るところになった。
NSAはプロジェクト発足当日、NSAの記者室に本件専門の広報室を置き、専用の公式情報掲示としてウェブサイトとSNSによるΩプロジェクトの情報公開とアップデートを開始した。
また民間のコールセンター業者に委託し、公の問い合わせを受ける準備を開始、コールセンターのオペレーターに対する対応マニュアルの制作はケントに依頼された。

8月第1週末にはケントは対応マニュアル第1版を仕上げ、コールセンター要員への訓練を直ちに開始。8月第2週には、部分的であれコールセンターがオープンされた。

各国の対応も素早く、また自ら参加を志願する識者も多く、各国の政権と調整しながら8月末には500名のメンバーが本人の了解済みで確定できるまでになった。
また、全世界にわたるネットワーク経由の会議システムも各回線の2ルート化、暗号化を含めて8月末には、準備完了した。会議は英語利用を基本とするが、完璧な自動同時通訳が用意された。

カレンはロシアからの帰国後は入手した資料の読み込み、そして500人のこの分野の専門家とどういった戦略で話を進めるべきかなど我を忘れて没頭しており、ケントとはワシントン市内の同じアパートに部屋を取りながら、すれ違う毎日で、会議の運びなどについてゆっくり意見を交わす時間は持てなかった。カレンは命を懸けて真剣に取り組んでいた。ケントも真剣であることには変わりはないが、カレンのそれは異次元の世界で、ケントにとっても近寄りがたくもあった。

国の利害を代表し、会議全体の進行とプロジェクトの適切な進行を総合的に守るのはサム、Dウイルスを何とかするという課題の全権はカレン、そして誰にも手の届かないことは、人の表情から心を読むことに長けたケントが追い込んでゆく、という分担が議論するでもなく阿吽の呼吸で整ってきた。

とはいえ、ケントはカレンの受けているストレスが気になり2人でゆっくり食事もしたかったが、彼女の役目を考えるとかなわぬ事とあきらめざるを得なかった。

会議環境
組織が定義され各国に提案され人選が進む中で、ホワイトハウスでは会議の為の施設の工事が着々と進んでいる。

500名が予定される世界の識者の知識と意見を漏らすことのない周到な設計施工が要求される。そして世界で初めての大規模、長期間の会議になることから、サムは以下の条件を課した。
1、誰1人発言を躊躇することがない。
2、誰1人他者の発言を聞き漏らすことがない
3、AIを駆使した自動翻訳は、かつての国連のように勝戦国の言語だけではなく、参加者全員の言語をサポートする
4、本会議、分科会などすべての会議の決議事項は直ちにテキストでメディアに公開される。
等を目標に、サムは付け焼刃ではない参加識者が納得する会議施設として最大効果を発揮できるものを作り上げつつある。

同時最大会議参加者数を500とし、ネット経由で500名が参加可能で、併せて、ホワイトハウスの元東棟のあった場所に2028年に完成した、ボール・ルームの北壁に幅20メートルのスクリーンと演題を設け、各国現地からのネット経由の参加者だけではなく500名のメンバーはボール・ルームとネットのどちらからの参加も臨機に認められる。

メンバー用の100席はそのスクリーンに向いており、南側にはメンバーの休憩目的に椅子テーブル、飲み物に軽食が南向けに用意されている。
ボール・ルームの南側の窓からは、丸芝の上の大きなテントと、その向こうにワシントンメモリアルの上部がはっきりみることができる。

全世界からのネットアクセスの参加者は、デホールトでは遅延時間の少ない海底線ケーブルやスターリンクが利用され、条件が整わない場合静止栄世が例外的に利用された。

ホワイトハウス南の円形の芝エリアには大きな円錐形のテントが設置され、南側の1/3を世界中からの画像のモニターと映像切り替えのデスク、ボール・ルームのカメラの切り替えデスク、などが占めている。また、自動通訳のAIシステム、参加者の用意するドキュメントの配信管理や各参加者のストレージのサービスなどのサーバー群も配置されている。
テント北東の1/3は、プレスセンターとし、作業用のデスクと、インターネット接続、ノートPCの電源ポートなどが用意され登録されたメディアは自由に利用可能である。北西の1/3はメディアの記者向けの軽食のビュッフェになっている。

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第17章 Ω研究会全体会議1日目
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