見出し画像

50年の窓 第30章

第30章 後書き:世界の認識
世界を広げるのは、地図でも教科書でもありませんでした。
それは、幼い私の口から出る「なぜ?」という、たった2文字の言葉でした。
それを封じた瞬間、無限の宇宙は、ただの「壁」になります。
技術者だった父は、私のその問いを決して無視せず、常に答えを与えてくれました。
本書を、すべての「なぜ」を大切にする人達、そして父に捧げます。

解説
好奇心について
本書では好奇心を主題に取り上げさせていただきました。生物の進化の因果関係、その方向と目的は長い時間の結果で初めて見えるものであり、他の自然科学の分野とは異なり立証は甚だ難しいものです。
進化という視点から、筆者が考えている好奇心についてここで少し解説をさせてください。自分は幼稚園の以前(3歳でしょうか)から好奇心が強く「なぜ」を連発する子でした。父親が技術者で、常に期待した答えが貰えるので、幸な事にその癖は今でも諦めることなく続いています。好奇心の結果の新たな知識が、既に自分が持つ知識と食い違わない場合、その情報は脳の中の多分予定された場所に「ストン」とはまって、気持ちが良いのです。ここで2つの事から、好奇心が、他の意味のない癖や出来事との大きな違いに気づくことができます。

なぜ、気持ちが良くなるのか?なぜ、ストンと落ちた安堵の感覚があるのか?これは脳内にドーパミンが排出されるからです。自分はドーパミンの脳内排出の具体的なプロセスを知りませんが、「自分が繰り返し同じ行為をすることを『誰か』が期待した行為」だと考えることは妥当ではないでしょうか。

また、得られた答えでストンと落ちる感じがするのは少し複雑ですが、脳内の知識の構成のあり方によるという仮説があり得るかもしれません。例えばこんな仮説はどうでしょうか。脳内に知識がしかるべき場所に保存される時に、関連する知識の間にリンクが張られて相互にその意味を補強する構造があると仮定します。新しく入ってきた知識が関連する知識と矛盾することなく繋がることができたとしたら、安心感に近い心への刺激があってもおかしくないと考えられませんか。そして、脳内では新しい知識を向かい入れ、知識間のネットワークが少し大きくなる。

立証できない話ですが、進化を研究する科学者の中には、このような現象を「進化圧」と呼び、進化を促す遺伝子の中に設計された機能だと考えます。そして、先ほど『誰か』と表現したのはこの進化圧の主である遺伝子です。この仮説が正しいとしたら、「好奇心が発生しない」という事態をどう理解すべきでしょうか。その時点から以降子供の脳内の知識のネットワークが育たなくなる、そのことは科学技術だけではなくあらゆる分野の学問や芸術、そして文化の継承が止まるということではないでしょうか。つまり、遺伝子による条件は個体の物理的な形状だけでなく、知識獲得の戦略にも及んでいるのです。

私は79年間の生涯、我が家では欠くことなく犬を飼っていました。子供の頃犬は常に外に居るのが常識でした、最近25年間は室内に置いて寝る時も一緒です。言葉はしゃべれませんが散歩をせがんで、朝、寝ている自分を起こしに来ます。その犬達の心をのぞくと、多分昔の犬にはある時点で諦めがあって起こしには来ませんでした。人の子において、そして脳の発育に関して、つまり知識欲にそのような「諦め」はあってはならないと自分は考えます。

好奇心が進化圧の1つであるという明確な定説があるとは言えませんが、以下の方々の論文等同じ方向の視点と言えます。
①【認知科学・心理学的アプローチ:情報ギャップ理論】
• 著者: George Loewenstein (カーネギーメロン大学)
• 論文名: "The Psychology of Curiosity: A Review and Reinterpretation" (1994)
• 概要: 好奇心を「既存の知識構造」と「必要とする情報」との間に生じた「情報ギャップ」によって生じる1種の不快感であると定義した画期的な論文です。脳は生命維持のための飢えを解消しようとするのと全く同じ進化圧によって、情報の欠損を埋めよう知識の積み上げを起こすと論じています。

②【脳神経科学・計算論的アプローチ:予測符号化と自由エネルギー原理】
• 著者: Karl Friston ( ロンドン大学) ほか
• 理論・論文: Predictive Coding(予測符号化)および Free-Energy Principle(自由エネルギー原理)に関する1連の脳理論
• 概要: 現代の脳科学の最高峰のパラダイムです。脳は「世界を予測する内部モデル」を構築するマシーンであり、予測と現実のズレを最小化することを命題づけられている(進化圧)という理論です。好奇心とは、未知の環境を探索して内部モデル(オントロジー)をアップデートし、将来の不確実性を減らすための「脳の最適化機能」そのものであると数学的に説明しています。

③【発達心理学・進化人類学的アプローチ:Homo Curious】
• 著者: Celeste Kidd & Benjamin Y. Hayden (カリフォルニア大学バークレー校)
• 論文名: "The psychology and neuroscience of curiosity" (2015, Neuron)
• 概要: 好奇心の進化生物学的な意味を総括した論文です。人類が生存確率を上げるために、食物や安全という直接的な報酬を超えて、環境の本質的な知識を効率的に獲得・蓄積するための内発的動機づけ(進化圧)として好奇心が脳に実装されたことを、霊長類の研究と神経基盤(ドーパミン経路)から解き明かしています。

また、YouTubeでは以下が参考になります。
④ 好奇心という名の進化圧(Loewenstein / Kidd & Hayden )
•    脳は本質的に、内部モデルの空白を嫌う。好奇心とは、知識の欠損を検知した脳が発するエラー信号であり、人類が生存確率を高めるために獲得した「情報探索への強力な進化圧」である。

第2章でケントが学んだサンディエゴのハイ・テック・ハイについて、好奇心と深くかかわりますのでご説明しておきます。
⑤High Tech High
2000年にカリフォルニアで始まった、新しい形の子供教育のムーブメントです。教室での授業を主体とせず、体験のもとに自らを育てるということでしょうか。以下はHTHのホームページでの紹介です。
「サンディエゴの市民指導者と教育者の連合によって開発されたハイ テク ハイは、約 450 人の生徒を対象とする小規模な公立チャーター スクールとして2000年9月に開校しました。  HTH は、4つのキャンパスにまたがる幼稚園から高校12年生までの約 6350人の生徒にサービスを提供する16のチャーター スクールの統合ネットワークに発展しました。 HTH 組織には、教師資格認定プログラムやハイテク高等教育大学院などの包括的な成人学習環境も含まれており、国内外の教育者に専門能力開発の機会を提供しています。」
https://www.hightechhigh.org/

<目次へのリンク>
目次

#創作大賞2026
#エンタメ原作部門
#マンガ原作
#好奇心
#オントロジー
#長編小説
#SF小説


いいなと思ったら応援しよう!