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50年の窓 第12章

第12章 シンクロニシティ

5月30日22時
モスクワ大学に到着。
カレンもメアリーもその建物を中心とした景観に驚きを隠せない。何か宗教との関連を語りたくなる荘厳といえるその建物のデザインに畏怖の念さえ感じさせる。建物の中央は高くそびえ立ち、更にその中心に相当な太さのポールが天を刺し、頂点に巨大なモニュメントがおかれている。

はるかに高く、遠くてよく見えないがアレックスの説明ではロシアの象徴である槌と鍬が表現され更に麦の穂がそこにデザインされている。
「この国の農民の扱いとは全く裏腹な表象なんです。どうやってあの頂上に乗せたのか、あのシンボルだけで数トンの重さがあるそうです。」と冷たくせつめいしてくれた。

夏至も近いのでボストンで言えば夏の夕刻5時頃の明るさではあるが日曜日の夜中でもあり大学の扉は締まっていた。
今日はキャンプできるところを探し野営。

5月31日午前8時
キャンプを引き上げ大学に戻る。
「ぼく、計算センターへ行って調べてきます。ここでお待ちください。」
と、アレックスは行ってしまった。建物の入り口につながる幅の広い相当な段数のある階段を慣れた足取りで軽々と駆け上がって行った。

その階段の中段の左の隅に人影があった。だれかが座り込んでいた。
何を思ったかメアリーが近づいて話し込んで、戻ってきた。
「彼は元この大学の博士課程の学生で、ウクライナとの戦争末期に召集され学徒出陣で戦争末期の塹壕戦に送り込まれたそうです。
塹壕は前線を守るを守るためのもので、何の戦略もなく死ぬために動員されたような現場で仲間はほとんど亡くなって自分は生き延びることができたが、右手、左足を失い、何の社会保障もなく何の望みもない。

学生だった頃の指導教授の恵みで生き延びている。という、話でした。そして専攻は遺伝子工学だったそうです。」
カレンは見るにしのびなく、彼のもとに行って、100ドル札を1枚、銭受けのヘルメットに入れ「お大事に」と声掛けをした。メアリーはカレンの言葉を約し、それ以上に慰めの言葉をかけていた。

そこへ、アレックスが階段をかけ下りてきて、
「何人か名前が出て来た、確定はできませんが条件に一番近いのはラズモフ教授という方の可能性が高いです。こちらの論文でも共著の最後に入っている。指導教授かもしれない。次はどうしますか。」

カレンが振り向くと、メアリーは先ほどの傷痍軍人と何か話しており、戻ってきて、
「彼が、その論文を見せてほしいと言っています。」
メアリーが論文コピーをアレックスから受取り、彼のところへ、
「彼が、『この論文は自分が書いたもので、ラズモフ教授の指導を受けていた。』と言っています。」

その論文は、好奇心が脳内の知識の網のノードとなる知識を補うための機能であり、人が誕生した後にしっかりした知識の網(オントロジー)を構築するための機能であり1つの進化圧である仮説を提示し、いくつかの類例を上げていた。

カレンはメアリーに先ほどの学生と話したいと伝え、3人で彼のところに行く。
「君のお名前は、この論文のアルチョム・セルゲーヴィチ・ヴォルコフさん?」
「そうです。」
「このラズモフ教授は12年ぐらい前に政府の極秘事業に関わっていたかどうかご存じですか」
「それは、僕が大学に入る前の話なので確かなことは言えませんが、彼が政府から頂く金のバッジ、あの大学の塔の上のシンボルと同じデザインのバッジを付けていた時期がありましたから、なにかあったかもしれません。」
「ラズモフ教授にお会いしたいが、どうすればよいでしょう。」
「身の安全を考えてでしょう、大学には月に一度くらいしか来ません、ご自宅におられるともいます。モスクワから西へ10Kmほど行ったヴィソコヴォリニクのどこかだと思います。」
「君と連絡を取る方法を教えてください。メールとか使えますか。」
「はい」
「アレックス、この子の言うヴィソコヴォリニクに行きたいと思いますがどう思いますか。現地でラズモフ教授を見つけることができると思いますか?
つまりパルチザンの皆さんのご協力で教授の自宅を見つけることができると思いますか?」
「行ってみないとなんとも言えませんが」
「メアリーどう思いますか?」
「すぐに行きましょう。」
3名はアルチョムに礼を言って、ヴィソコヴォリニクへ向けて出発した。ガソリンはまだ予備タンク3つ、約60リッターはある。

30分ほどでヴィソコヴォリニクに到着。アレックスは農夫らしい人を見つけようと、目を凝らす。
「居た!メアリーあの人のところへお願い。あの女性。」
アレックスが車を降りて聞きに行く。しばらく話して「ありがとう。」と言って戻ってきた。
「すぐ近くみたい。僕が案内するからまずはまっすぐおねがいします。青い家だそうです。」
アレックスの案内で、無事それらしい家に着いた。
メアリーがロシア語で
「アレックス、申し訳ないですが、車の中で小さくなっていてくださる。女子だけなら本人も気を緩めると思うの、もし罪悪感があれば、突然の他人には、恐れを感じて逃げてしまうかもしれないので。」
「しかし、そのマスク姿と国連のユニフォームも問題だな。」
カレンが割って入る、
「アレックスは農夫にしか見えないから多分大丈夫、確かにマスクは宇宙人みたいだし、人数は少ない方が良いので、最初はアレックスお1人にお任せしましょう。」
アレックスが1人で入り、10分ほどして、家から出てきてOkayサイン。カレンとメアリーが続きます。

5月31日15時
家に入ると、少し緊張した面持ちのラズモフ教授と思われる初老の男性とその奥様らしい女性がおられ既に紅茶とお菓子が3名分用意されていた。

趣旨は、既にアレックスから説明されており、カレンから自己紹介に始まり、
「、、、というわけで、米国では昨年より自閉症と誤認される子供がロシア移民だけではなくかなりの数が確認され、遺伝子調査をするとどの子も同じ個所、ドーパミンの放出に係る箇所に同じ異常が発見されました。
我々は明らかに人為的な所作の結果と理解し、放置すると50年以内に全人類から好奇心が消えるという重大な事態に至ると考え、近日中に大統領を責任者とする世界レベルの会議が始まることになると考えています。
米国では、そのベクターウイルスを造られた方をお招きし今後のウイルスの封じ込めなどの対策にご協力いただきたいということで、私も遺伝を研究する者ですが、ご協力いただけないでしょうか。」
趣旨は伝わったようですが、教授は沈黙をつづけています。

5分もの沈黙の後、カレンは、ラズモフ教授の沈黙は「恐怖」によるものではと閃き、
「教授、我々は、人類を守るということが最大の目的です。今回の件はロシアの国内問題が、国外に漏れたことであって、戦争行為のようなものの見方で見ている方々はいません。教授をお守りし、また人類の共有の問題解決に力をお貸し願いたいのです。教授を罰するなどと考えている者は断じておりません。教授を救済し、そして人類を救済したいのです。」
「分かりました。ご協力させてください。」

ラズモフ教授は、
「言い訳をするつもりはありません。当時の秘密組織の目的は当初『強健で従順な兵士の供給』を目的としていましたが、実行段階でプーチンの判断で『国民の隷属化』へと目的が変わってしまったのです。
命令があってのこととは言え、死をもって断つという選択がなかったわけではなく、私の弱さゆえ人類全体を破滅の淵へ追いやることになっているとは遺憾の極みです。」
「御同意いただければ、教授は米国の、ひいては人類の重要人物であり、米国のCIAが身柄を保護させていただくことになります。どういった組織でまたどれほどの規模で実施されるか詳細未定ですが、今後大統領命令でスタートするプロジェクトにご参加いただくことになるはずです。」
「ラズモフ教授、今日大学の構内で気の毒なアルチョムという学生に会いました。私が持ってきた『好奇心が進化圧である』という趣旨の論文は自分が教授の指導の下で書いたものだと言っていました。彼はどんな方ですか。」
「プーチンの始めた彼の為の戦争は真に恥ずべきものです。アルチョム君のような優秀な学生を徴兵し塹壕に置くなど、個としての人の能力の価値を理解できていません。個人の為の戦争はそれ以前に議論の外で怒りを抑えることができません。
アルチョム君は非常に独創的な素晴らしい博士課程の学生でした。あの時代で好奇心を進化圧であるという研究者はまだ、誰もいませんでした。今でもまだ定説とまでは言われませんが学会でそう主張する方も増え彼の論文の引用数もかなり伸びています。なんとかできるなら、今でもなんとかしたい人材です。」
「お約束できませんが、アルチョム君については帰国後しかるべき筋に具申をこころみます。」
メアリーは教授の不安をとらえ、
「教授ご自身のことですが、この後、いつになるか分かりませんが、2、3日内にCIAのスタッフがお迎えに上がります。その前に米国にご案内するスケジュールなどの説明もあると思います。ご懸念を消して安心して我々の活動にご参加ください。」

ラズモフ教授宅を出て、3人は車内に収まり、カレンは現在に至る経過をケントに詳細を報告した。カレンの報告はケントからCIAに伝わっているはずだが、付近にCAIのスタッフらしい影もなく、連絡のない相手を待つのは時間の無駄だし、3人で相談の上まずはアレックスの自宅まで戻ることにしたいが問題はガソリンの残量。ギリギリで間違いなく帰着できるかどうか不明であった。

「アレックス、あと20リッターのタンク2本あれば間違いなく貴方を送って国境まで行けるけど、ガソリン入手の方法ある?」。
「セーベンで農夫パルチザンを集めてくれたニコライに連絡できれば何とかなるかもしれない。メルアド分かりますか」
「ちょっと待って、頂いたのでわかると思う。」メアリーが答える。
「ガソリンを何とか集めてもらって、セーベンの手前のノヴォソコリニキ当たりで合流できれば、国境まで何とかなると思う。メアリーさん、メール打ってくれますか。」
「了解。だけど、今時、国内にどこにもガソリンなんてないでしょう。」
「カレンさん、そんなことないですよ。ガソリンスタンドは開いていませんが、たいていの農家は20リッターのタンクを1つは持っていて、いつも満タンという訳では無いですが、イザという時のために備蓄しています。昨今でも5リッターとか使うこともない端数の量は皆あって、集めれば20リッターとかすぐできますよ。先日の説明会での歓声を思えば、『救世主の降臨』に協力しない訳はないです。間違いなく彼らの協力はいただけます。」
「では出発しましょう。」とメアリー。

最終的に、ニコライは、先日の20数名から1〜5リッターの供出を頂き、国境をはるかに超えられる40リッターを集め、アレックスを自宅に送り、礼を言って別れ、国境に向かった。ラトビアに入るには国連のIDが必須でした。

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第13章 帰国
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