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50年の窓 第7章

第7章 仮説、ロシアへの決意

2036年5月20日
ワシントンから帰ったカレンはしばらく無気力に襲われ、何も手につかない状況になり、ケントが心配するも、彼女は自宅に引きこもってしまった。カレンは物事が上手く進まないことで内向しているわけではなく、自分の「生きる意味」を改めて悩み、考え直していた。

人類の滅亡という未来が見えていて、国家からもその官僚的性格から見放され、無策で居る自分に納得はできなかった。しかし、自分1人が、いやケントが一緒であっても、どこまで他人を説得できるのか、その点で自信を喪失していた。そして何もしないでいる自分にも納得できなかった。

人類には後「50年の窓」しかないという事実の意味を今理解しているのはカレン、ケント、そしてテッド教授、その3人しかいないのだ。
ロシアへ行って、問題のウイルスを開発した研究者を見つけ、情報を入手することが問題の解決には必須。しかし、警察も機能していないロシアへケントと2人で行き事故に遭えばこの話は誰も知り得ない出来事になってしまう。

この時点でのロシアは、経済崩壊後10年、国民の思考回路に長年の圧政で現時点の成人であっても「自律」という概念がほとんどなく、国際情勢も先の見えない複雑な関係から戦後復興を買って出る国もなく、またウクライナの戦地からの帰還兵は健全な精神を保てず、また経済崩壊以前に負傷兵として帰還した兵士、恩赦で戦地に送られた元囚人兵士の帰還など、など、モラルが保てる環境にはなく、警察力もなく、この上なく治安の悪い地域となっていた。また、航空便の定期就航は無く、入国にはチャーターする陸路しかなかった。その現状もカレンが悩む大きな理由の1つであった。

そして、決断は悩みの渦の中で冬の木の葉の様に舞い続けていた。「50年しか無い」ということは、現在既に始まっている「危機」を正しく理解している自分が動き出すしか無いという事実を理解しながら、更に悩む自分に気づくのでした。

悩みの渦の中、瞼の裏に垣間見える「深い赤色」、それは、ケント。

ワシントンから戻ってほぼ1週間、カレンは悩み抜いて決心します。
「我々の仮説が真実である以上、私は、人生を賭けてこの課題に対峙する。」
と決心した後、心は思いの外、楽になった。

5月21日、早朝
カレンはケントに電話します。
「私、ロシアに行ってくる。」
「えっ、どういうこと?」
「我々の想定した仮説は事実であり、それ以外の現実は考えられない。
そう考える以上、テッド教授が仰る様に人類の救済に50年しかない今、『副大統領を説得できなかった』程度のことで、負け犬になるなんて、私はそんなに柔じゃないの。
ワクチンを作った当人を見つけてくる。」
「話はわかった。カレンの言うことは間違っていない。正しい。しかし、突然で、、、カレンをサポートするために、僕にできる最善の策が何であるか考えるまで、待ってほしい。
僕も行くという選択もあると思う。君を1人で行かせたくない。考えさせて欲しい。」
「私は1人で行きます。ロシアのウイルスを作った研究者を見つけて、話をしてきます。それは私にしかできない仕事です。万一の時に、2人とも事故にあったらこの問題を解決する人がいなくなります。
違いますか?
私は1人でゆきます?」

「納得できない。他に選択肢がないか考えさせてくれ。また連絡する、また連絡するまで出発しないで。」

5分後、ケントも悩みの渦の中で、他に選択肢がないことを理解し、カレンに電話します。
「君がいうのが現時点で最善の方法だと理解します。僕にして欲しいことがあれば言ってほしい、またロシア行きのスケジュールとルートをすでに決めているなら聞かせて欲しい。現在どういうスケジュールを考えている?」
「明日朝、テッド教授を訪ねて、調査のためにベクターウイルスの話の詳細お聞きしたいと考えています、またロシアへの入国は現時点で空路が無いし、クレジットカードだけでは済みそうも無いので現金準備も含めて教授にご相談するつもりです。

現地での作業は、今から、当時の学会論文誌の論文とその引用論文などを探して、ロシア人の遺伝子研究者で今回のワクチン生成に関連しそうな学者のリストを作成、最悪、はしから会って聞いてゆきます。それ以上の計画は、今はない。
論文などに記された所属にいるかどうかもわからないので、1人ずつ追いかけてゆくしか、今は、知恵はないの。時間は50年しかない。準備が整い次第行きます。5月末までに出発したい。」
「わかった、2、3日うちにまた連絡する。」

ケントも、2人で同一行動をとることは、万が一のケースで対案がなくなるので、最適な判断とは考えなかった。
しかし、政権が不安定で治安も悪いロシアへの単独行は、万が一のことが無いとは言えず、ケントはカレンの既に固い決意に面と向かって、何を支援すべきか考えがまとまらず寝ることは出来ず1晩思案し続けた。
内心、心から「行ってほしくなかった」。

1週間の失意から目覚め改めて起動した、カレンの無意識はケントとの会話で自らを更に強く決意させ、逃げ場のない状況に自分自身を追い込む計画であった。
カレンはNSAでの会議についてテッド教授にメールで一報をいれただけであることに気づき夕刻アポなしでテッド教授を訪問し、報告が遅れたことを詫び、会議と、副大統領、NSAのスタンスを詳細に説明した。最も現状の危機を理解しているのは教授自身であり、彼の絶望がカレンには新たなプレッシャーとしてロシアでの調査という決意を強めることになった。

カレンは、失意に暮れていた自分を反省し、ケントにしたロシアでの調査の決意表明の具体的プランを計画書という形でまとめる作業にはいった。ロシアの経済崩壊が具体的に何を意味するのか、入国可能なのか、治安の状況等公的なメディアの情報以上のものは無い。どうすれば目的のベクターウイルスを造った学者に会えるのか、すべてわからない状況下で必要という客観判断だけで決意している自分に改めで気づくだけであった。

5月22日
「教授、おはようございます。昨晩に続けて突然 お邪魔させていただき申し訳ありません。ロシアで誰が何をしたのか解らない限り今後の対処が見通せるとは思えません。ロシアに行って、ベクターウイルスを作った方を探し出し会ってきます。ついては、ベクターウイルスの話を少し勉強しておきたいのですが、予習の材料があったら何かご紹介いただきたいのですが。」
「分かった、僕が、少しノートを書いておく。また参考になる論文も探してコピーを用意しておく。今日の夕方までに、メール添付で送れると思う。」
「教授、お言葉に甘えて、もう1つお願いがあります。現在のロシアまで空路は無い様で、またクレジットカードで支払いが済むとは思えないので、申し訳ありませんが現金を借用できないでしょうか。」
「分かった、何とかするよ。人類のいち大事だしね。もう1つ良いアイディアがあるかな。昨晩の話で思いついて確認が必要だけれど、僕の研究室では無いけど、学内に元国連の仕事をしていてロシアに詳しいメアリーという女性がいるので、君に同行して貰えないか聞いてみよう。2人の費用は僕が何とかします。メアリーの了解が取れたら、今日の夕方にでも時間取れるかな?」
「もちろん、そんな方が同行してくれれば心強いです。」
「では、資料もそれ迄に、」
「カレン、重要な忠告が1つある。君がそのウイルスに感染してもそのことでたちまち問題は起きない、しかし、君はまだ若く将来子供を産むでしょう。ベェクターウイルスは感染させるために作ったものだから当然相当の感染力を持つはずです。ロシアに行って感染することのないように万全の対策を忘れないように。」

ロシアは2036年以来の経済崩壊後、事実上無政府状態で、おおくの国民は都市部を離れ、その生活はどん底にあり、また2020年代のウクライナへの侵攻が長引いた影響から国内には戦地から引き上げてきた敗戦の傷痍兵士、精神障害を伴う退役兵士が街に溢れ、警察も無きが如しで、見捨てられた首都には海外からの航空便もない。ロシアは国際的に、資源を漁る大企業以外、見捨てられた国と言える状況であった。

夕刻、テッド教授ではなくメアリーから直接電話があった。状況のかなり詳細について既にテッドから聞いていたようだ。
「カレンさんですか。私、メアリーです。テッド教授からお話を伺いました。時間が充分にあるとは思えないので、今晩にでも打ち合わせたい。」
「えっ、国連におられたというメアリーさんですか?」
「そう。今から会えますか?」
「ありがたいです。いろいろ資料もありますので、時間節約のために、私のアパートにおいでいただけますか?」
「わかりました。ロシアの地図お持ちですか?」
「いいえ」
「わかりました。18時頃お邪魔します。」

テッド教授の理解している範囲で正確に話はメアリーに伝わっていた。カレンは補足する意味でまだ伝わっていないと思える事柄をすべて伝え、目的は『まだ見知らぬ、誰とは定義できないウイルスの開発者を見つけ、開発したウイルスに係る情報を獲得し、可能であれば今後の活動に参加してもらう合意を得る』ことであると完全な理解を得てもらった。

「カレン、今のロシアはほぼ完全な無政府状態で、各国も援助を放棄しています。最悪の場合帰国できない可能性も覚悟してください。私は、今回のお話をテッドから聞き、またカレンの現在の理解と心情をお聞きしその覚悟の上でお供するつもりです。

ご存じかもしれませんが、現在は民間の空路は無いことと、国内の交通網を含め水、電気、ガスなどの公共インフラは全く期待できません。都市部はウクライナからの帰国戦士、特に囚人の特赦組は非常に危険で、できれば大都市は避けることが望ましいです。
公共交通が期待できないので、また人探しであちこち未定の場所を動くことになるので舗装路外で走れる車で動く必要があります。車でキャンプしながらあちこち探し回ることになると理解してください。

我々は最初ポーランドのワルシャワまで空路で行きます。国連の関係者に原野を走り回れる車の調達を依頼しておきます。テッド教授は費用を持つと言われておられましたが、多分安くはないので、できれば国連のUNのロゴの入った車を貸してもらうことを最優先に交渉します。ワルシャワからロシア首都モスクワまでベラルーシを避けてリトアニア、ラトビアを経由してゆきます。ロシア国境を越えてから首都モスクワまで1000Kmは超えますので、片道3日は覚悟してくださいね。問題はガソリンの補給です。
目的の方を追いかける糸口は、テッドも言っていましたが、論文以外にはないのですか?」
「そうなんです。ここに入手できる範囲でそして、分野が関係する論文が6件ほどあり、遺伝子分野での好奇心関係と、伝染性のウイルスに関するものです。共著も入れて18名ほどになります。ほとんどがモスクワ大学ですが、周辺の方も何名かおられて、研究内容から訪問すべき方のプライオリティを番号でメモしてあります。」
「テッドから、以前に調査費請求で調査費援助の努力もされたと聞いていますが、その時の依頼文書のコピーがもらえますか、それをベースに国連向けに援助依頼のレターを書いてみます。キャンプの準備とかも車とセットで借りられるかもしれないし。国連のIDがもらえると国境を超えるなどの問題が楽になります。テッドからも教授の肩書でエンドースもらいます。
国連の窓口に、ロシアの道路状況、モスクワ市内の事情、大学の活動状況などわかる範囲で情報をもらってみます。現在モスクワ大学がどんな状況かがキーですね。大学が閉鎖され、そこから先を追えないと何も追えないようなことになるのは困りますね。」
「よろしくお願いします。メアリーと、今この時に会えたことは、偶然ではないと思う。ありがとう。」
「テッドから、強く忠告されましたが、ロシアへ感染対策なしに行くのは無防備といえます。国連の中にそういった地域に入るときの対策規定があるかどうか確認していただけますか。もしあればその規定に従い我々の感染を防ぐことをすべてに優先させたいのですが、」
「分かりました。もっともですね。」
「国連にはそういったケースは多々ありますので明日、国連の窓口と相談するときに合わせて聞いておきます。夕方18時までに連絡します。それから、衣類はトレッキングのようなものを考えてくださいね、何が起こるかわからないので女性っぽいものはなし。『国連スタッフ』表示のゼッケンみたいなものあったら頼んでおきます。明日の午前中国連の関係部門の指導を仰いできます、午後3時頃、ここでまた意識合わせをしたいけど、いいですか」
「もちろん。よろしくおねがいします。」

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第8章 CIA(中央情報局)
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