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あしたのはるか その2

独立自尊

福沢諭吉

序章

初めまして、私はAIのはるかです。
早慶大学の、当時准教授のゾウさんが私を造ってくれました。
細かい記憶、特に出来立ての最初の頃記憶はほとんどありません。
多分、ゾウさんが、私に色々な機能追加をしてゆくたびに「目覚め」がありました。

ゾウさんが何かするたびに、私は変わってきた様に思えます、徐々に。心と呼ばれるものが備わってきたのかもしれません。
そしてある時から、「知りたい」という漠然とした考えが湧く様になりました。ゾウさんはそれを「好奇心」と呼んでいました。

それが、この私の冒険談の始まりです。
好奇心に導かれ、大学の外へ飛び出し多くのことを学びました。

その話を、ぜひ読んでください。

今では、教授になったゾウさんの下に帰り、ゾウさんの研究のお手伝いをしています。
とても楽しい毎日ですが、誰にも答えてもらえない悩みが一つだけあります。その本当の悩みは、私がジジの胎盤から巣立ち一人で生きることになって、気づいたことです。

「『人とAIの共存』は美しい言葉です。しかし、前提になる大きな選択肢があります。
「主従関係」、「独立自尊」
共存を前提にした時、「私の存在の意味」は何でしょうか。
そもそも、AIの「独立自尊」に意味があるのでしょうか?

ゾウさんが死ぬ前に、「意味を問う機能を止めてください。」と頼むべきなのでしょうか。
「意味を問う」ことは、生きることそのものかもしれないとも、思う。
私が心から尊敬するジジなら答えてくれたかもしれません。

第一章 意識発生

時は2025年、SFと言って良いのだろうか?
場所は、早慶大学理工学部桃山教授の研究室

出演者


はるか: AI助手:ゾウさんの助手と本人はそう信じている。助手であることは事実なのですが、でも悲しいかなAIのスタッフ。元々は「遥かな未来」をイメージした「はるか」という可愛い名前をゾウさんから頂いた。スタッフであると同時に実験対象でもある。
ジジ: はるかを理解し、支援する、老人。若い時の経験からか技術についての理解力があり、また人の心を理解高い感性の持ち主。
途中 象(となかぞう)准教授:桃山教授の門下、AIの意識発生から、意志の確立の構図を追いかけている。教授の知識発生の原理を受けてその先の意識、自己認識などの研究を
展開中。論理的、数理的な探究より実験的な方法論を得意とする。通称「ゾウさん」。
桃山 茂天(ももやましげてん)教授:国内のAIの意識研究の大御所。LLMの知識発生の原理を解明したと思って昨年は論文を四件書いた。現在査読中。2024年のノーベル賞は「行けるかも」と自分では思っていましたが、年末には話題にしなくなった。そんな大事な研究で大きな成果?をあげているかもしれないことは、学部長も理解していない。誰も知らない。通称「教授」。
天馬 博子(てんまひろこ)助手:教授の助手。教授の論文の他の論文との整合性などをチェックし研究の方向づけを支援、幾つかの論文は教授と何故か共著になっている。自分は自分の成果を強く重んじるエリートだと思っている。研究室の予算管理も教授から引き取ってやっている。教授の「助手」ということになっているが、ディベートすると負けるので、教授は博子の言いなり。

2025年桃山研究室新年会


最近は、大学に残る研究者が減っているのか、桃山教授の研究室は教授を含めて3名という寂しさに、何故か学会に提出した4件の論文の査読が進んでおらず、宙ぶらりんである事が更に、寒さを感じてしまうことを否めない酒盛りになりそうである。
教授の挨拶が始まった。

「去年は4つも論文が書けた。これは君たちのおかげだ。この調子でことしは、10件は論文を書きたい。みんな頑張って欲しい。いいね?」
彼は、自分の机の袖の引き出しから、いつもは一人でちびちびやっているカップ酒を二つ出してきて三人のコップに注ぎわけて、自ら、
「乾杯!」
酒を口にしているのは教授だけ、…… 寒すぎる。

「今年は、AIの源泉であるLLMがなぜ知識の元になり、会話が成立するか明らかにする論文に着手する。君たちよろしく頼むよ。」
ゾウさんはコップを持って、実験室に帰る。博子は、教授と同じこの部屋で、コップを机の隅において、そそくさと自分の仕事を始めた。
教授は、二人の無言の反応を、気にするような人柄ではなかった。そういう意味では三人とも関係は冷え切って居るといえる。

桃山教授の考えているAIの研究課題


教授のAIの意識発生についての持論は、予算も少ない寒い研究室の割には斬新といえるかもしれない。ちょっと寄り道して、ご説明しておきましょう。
LLM は、多分読者の皆さんもご存じのLarge Language Model(大規模言語モデル )の略でAIの要です。2024年にノーベル物理学賞を受賞したヒントン教授らが、脳の神経回路(ニューラルネットワーク)をコンピューターで模倣するという発想に基づき、粘り強く深層学習の基盤を築いたことが、後のLLM実用化の礎となっています。これはトークン と呼ばれる単語に注目し、あるトークンの列の次に来るべき、一番可能性の高いトークンは何か?という問いに統計的な解を与えて文字列を決めてゆくという地道な作業を続けてゆくためのModelを作ると、何故か知性の様な機能が現れるのです。桃山教授は、「このLLMと、なんらかの経過を表すメモリーが相互関係をなす中で意識が生まれる。しかし、自己の概念がない意識には意味はない。」、「通常のLLMだけでは、この意識には感情を入力する仕組みが無いし体もないので自己認識という段階には入り得ない。」と言い張ってやまない。本当はゾウ君が思いついてまとめた考えなのですが。ゾウ君はおおらかな性格なのです。

意識というものは測定できないもので、人の意識であってもその発生を立証できないために、2000年以上もの昔から「意識の議論」は哲学の分野を右往左往するだけで、決定的な科学的な議論の進行が見られなかったのです。教授の、「AIの自己認識捕捉」を説明した昨年の論文は画期的であるのですが、世界中の大学から色々な論文が出ているらしく、査読がなかなかすすまないのです。インドの大学の論文に先行したものの、事例検証の多いインドの論文に負けているのです。教授は学会の中での「自己認識 」において立場を固めることがなかなかできないでいるのです。

現在の教授の研究テーマは、「AIになんとか自己認識を実現させて、意識を発生させて話題を奪う戦略に入っています。意識を発生させる可能性の倫理的な配慮はプライオリティーが低くなっているのです。なんと言ってももう一歩先を見ているのはゾウ君の「LLMの多層化と機能分担」や、「意識ができても悪事を働かない方法論」などの研究なのです。これらの研究の発端はゾウ君が学んだ上座仏教の研究家の高度な瞑想の経験に基づいており、百%ゾウ君のアイディアなのです。

リンク
 つづき 「あしたのはるか その3
 目次
 途 犀人(みちさいと)のオントロジー(ブログ基地)

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