ヒーロー第1号
子供の頃、わたしは
発明家になりたいと思った。
それは不純な理由で、
発明したいからではなく
当時良くドラマか何かで
発明家が出てくると
ピタゴラススイッチのような回路を
何かが転がり、最後にパカッと
缶詰を開ける、みたいな
そういうのがわたしの子供心を
くすぐったからだ。
すぐに発明家になろうという考えは
なくなった。
わたしは子供の頃
アメリカに住んでいたのだが
アメリカ人のとてもイイ影響を
いっぱい受けていた。
アメリカ人はとにかく褒め上手だ。
わたしが描く絵を誰もがおおげさに
褒め倒し続けてくれた。
わたしはそれを信じて
絵をずっと描いていた。
わたしの学校では
キャリアエジュケーションといって
将来の職業について考えるクラスが
もうけられていて
成績のイイ生徒が数人受けていた。
わたしもその1人で
(わたし成績良かったです。はい、
これ自慢してるんです)
絵描きにになるということを
担当の先生は大絶賛してくれた。
日本に帰国後は恩師の先生に
出逢い、先生と一緒に絵本を作るまでは
落書きはノートなどにしていたが
絵描きの夢などなくなっていた。
なんもやる気がなかった。
アメリカに帰りたかった。
恩師の先生と絵本を作ったのは
アメリカで描くことが好きだったことを
思い出させてくれた。
そこでわたしのヒーロー第1号だ。
ノーマン・ロックウェル。
一時、日本でもよく彼の絵を
見かけるようになったので
知ってる人も多いと思う。
「4つの自由」など、シリアスな作品もあるが
わたしは彼の暖かい
ユーモアある作品にひかれる。
あともう1つちょっと変な理由は、
彼の描く男の子の頭の形にもひかれた。
本が大好きなわたしは良く本屋で
ぶらぶらすることが多かった。
今ではもうない八重洲ブックセンターや
丸善の洋書売り場は天国だった。
そしてある日、紀伊國屋書店で、
ノーマン・ロックウェルの作品集の
大きな大きな本を見つけた。
欲しくて欲しくて、一生懸命
お金を貯めて手に入れた。
それがこの本。

引越したときや離婚したときに
多くの物を手放してきたが
この本は今でもわたしのアパートに
飾ってある。
そして、美術学校も出ることなかったが
わたしはアメリカの
キャリアエジュケーションの先生に
将来何になりたいか伝えたとおりの
絵描き(版画家)になった。
何年も前の話。
ちなみにわたしの姉は
ダンスは意味あるけど
絵や彫刻などのアートは
何の意味のないもの、だと言ってる。
(ヒーロー第2号へと続く)
