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木肌に鏡を宿す、琥珀色の魔法。3年寝かせたニスと「鼻先の感覚」が語る職人の誇り

パテ埋めのくすんだ「Before」から、琥珀色の輝きを放つ「After」へと移行する、劇的なコントラスト。

Buonasera a tutti! (みなさん、こんばんは!)
イタリア・フィレンツェの工房から、
家具修復士のみっちーです。

今日も私の工房の扉を叩いてくださり、
本当にありがとうございます。

賑やかだったパスクア(復活祭)が終わり、
フィレンツェは今、息を呑むほど美しい
「春爛漫」の季節を迎えています。

窓の外に目を向ければ、あちこちで花が咲き乱れ、冬の間眠っていた木々が一斉に芽吹く様子は、
まるで街全体が新しい命のエネルギーで震えているかのよう。

新緑の鮮やかさは日に日に増し、それに応えるように空の青さもぐっと深くなってきました。

朝晩はまだ少し肌寒く、上着が手放せませんが、
日中には気温が20度を超える日も増えてきました。

工房に差し込む光も力強さを増し、修復を待つ家具たちの表情をより鮮明に照らし出しています。

そんな春の光の中で、今、私の修復台の上には一台の特別なドレッサーが鎮座しています。

今回のエピソードもラジオ(stand.fm)でお話ししています。芽吹く木々のざわめきを感じながら、作業の合間のBGMとしてお楽しみください。

先週ご紹介した「三つの国境を越える、くるみのドレッサー」。
ブラジルから運ばれてきた「母の形見」であるこの家具に、いよいよ私の十八番である「フレンチポリッシュ(シェラックニス仕上げ)」を施す時が来ました。

今日は、その魔法の舞台裏を、職人の視点からじっくりとお見せします。


道具の準備:琥珀色の魔法「ピウマッチョ」

フレンチポリッシュにおいて、筆は使いません。
代わりに使うのが、この愛らしい塊です。

ニスの量は「鼻先の感覚」で確かめる。
多すぎず、少なすぎず。
指先に伝わるわずかな湿り気が、仕上がりのすべてを左右します。

フィレンツェの職人はこれを、Piumaccio(ピウマッチョ)、一般的にはTampone(タンポーネ)と呼びます。内側に柔らかなウールを詰め、それを上質な麻布でくるりと包む。

このウールの中に染み込ませるのは、なんと3年もの間じっくりと寝かせたセラックニス。歳月を経て角が取れた琥珀色の液体は、木肌への馴染みが驚くほど滑らかなんです。

フィレンツェの職人が「Piumaccio(ピウマッチョ)」
と呼ぶ、手作りのタンポーネ。
内側のウールに、3年寝かせたセラックニスをたっぷりと染み込ませます。



工程1:沈黙した木肌にリズムを刻む

磨きをかける前のドレッサーは、
長年の旅の疲れか、どこか生気を失い、
木肌も乾燥して沈黙しているようです。

修復前のくるみ(Noce)の木肌。
長年の旅で乾燥しきり、本来の美しさを忘れてしまったかのように沈黙しています。

ここに、ピウマッチョを滑らせます。

時計回りに、クルクル、クルクルと。

一定のリズムを刻みながら、本体、引き出し、
と順番に磨くのを繰り返すこと、約2時間。

本体、引き出し、と順番に。
時計回りにクルクルとリズムを刻む、2時間の忍耐。
工房にはニスの甘い香りと、
布が擦れる音だけが響きます。

これは、自分自身の忍耐との戦いでもあります。

最も重要なのが「ニスの量」。

私は、ピウマッチョを自分の鼻の先にちょこっとあてて、その湿り具合で量が適切かどうかを判断します。

身体だけが覚えている、私だけの基準です。

1日目の作業を終えたドレッサー。琥珀色のニスが木肌の奥まで浸透し、ようやく「眠り」から覚めたような表情を見せ始めました。

1日目の磨きを終えたら、一度ニスを休ませ、
じっくりと乾かします。

この段階で、すでにくるみの木目が深呼吸を始めたかのように浮き上がってきます。

工程2:アルコールという「毒」を御する、2日目の正念場

2日目。

まずは、昨日混ざってしまった微細な異物を取り除くため、Lana d'acciaio(細かいスチールウール)で表面を優しく擦り、すべすべの状態に戻します。

そこからが、本当の正念場。

ピュマッチョに含ませるニスの濃度を、
少しずつアルコールで薄めていくのです。

アルコールを極限まで薄め、表面を研ぎ澄ます。
磨き上がった木肌に、カメラを構える私の姿がうっすらと映り込み始めました。

アルコールはニスを溶かす性質があります。

一歩間違えれば、昨日積み上げた層を「やいて(溶かして)」台無しにしてしまう。

表面でコンマ一秒でも手を止めたら、
そこには消えない跡が残ります。

決して手を止めず、最善の注意を払いながら。

アルコールという「毒」を、輝きを引き出すための「薬」へと変えていく。

工房には、私と家具との、張り詰めた沈黙が流れます。

完了:鏡の中に、新天地への光を映して


そして、ついにその瞬間が訪れます。

ついに完成。数万回の回転の果てに宿ったのは、
濡れたような、深く透明な光。
これが、100年前の職人が込めた本来の姿です。

くるみの木目の奥底から、濡れたような、
深く透明な輝きが溢れ出しました。

くすんでいた木肌が、今は工房の光を、
そして私の姿を鏡のように映し出しています。

鏡とピンクの大理石を設えて。
ブラジル、イタリア、そしてアメリカへ。
三つの国境を越える家族の記憶が、
再び輝きを取り戻しました。

最後に、磨き上げた大理石と円い鏡をセットして、完了です。

ブラジルで母の面影を映してきたこの鏡は、
フィレンツェの技術を纏い、
アメリカという新天地へ向かう準備を整えました。

エピローグ: 効率よりも、愛おしい手間暇を


フレンチポリッシュ。

それは、効率ばかりを求める現代への、
職人なりのエレガントな反論です。

3年寝かせたニスの深み。
鼻先で測る一滴の量。
2時間の忍耐。

そのすべてが、「一生モノの輝き」へと変わる。

それは、木という素材への、そしてこの家具と共に生きてきた人々の「時間」への、深い敬意そのものなのです。

今週末の有料マガジンでは、この「磨き」の作業から見えてきた、もっと個人的で、もっと深いお話を綴ろうと思います。

【お知らせ】創刊1週間。重なり始めた「共鳴」のパティナ

定期購読マガジン『みっちーの合鍵』の創刊から1週間。

おかげさまで、早くもこの「鍵」を手に取ってくださった皆さまから、胸が熱くなるような深い共鳴のメッセージをいただいています。

無料記事ではお伝えしきれない、
職人みっちーの裏話や、木肌を磨き上げた先に見えてきた人生の景色・・・。

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ぜひ扉の向こう側へも遊びに来てください。


今週末のラインナップ

明日・土曜日の【裏話】
「イタリア・甘党職人の受難。パネトーネからコロンバまで、5ヶ月続く誘惑の輪舞曲(ロンド)」
クリスマスからパスクアまで、イタリアは季節菓子のオンパレード!
パネトーネ、チェンチ、フリッテッレ、そしてコロンバ・・・。
若い頃の「食べ過ぎ・ダイエット」のループから、
この歳になって忍び寄る「糖尿病への恐怖(!)」まで。
甘美で切実な、私の食生活の裏側を告白します。

日曜日・【人生哲学】
「家具に映る自分を見つめて。フレンチポリッシュが教えてくれた、内なる自分との対話術」
木肌が鏡のように磨き上がっていくとき、
そこには私の姿が映し出されます。
無心で手を動かし、自分自身と対面するその瞬間に、私は何を想うのか。
表面を磨くことは、心を磨くこと。
修復台の上で見つけた、本当の自分を愛でるためのメソッドをお話しします。

今週末も、春の光が差し込むフィレンツェの工房でお待ちしていますね。

最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。

Buon fine settimana!
(みなさん、素敵な週末をお過ごしくださいね!)

フィレンツェより、感謝を込めて。

みっちー

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