「倒産寸前の会社で働いています」第七話
ゴールデンウィーク明け
ゴールデンウィークが明けて初日。
出勤した私と羽田野さんに基谷さんが、こう告げた。
「俺、5月いっぱいで辞めるわ。」
「えっ?」
「はぁぁ!?」
私は、急な話すぎて、一瞬頭が真っ白になってしまった。5月末となると、もう1ヶ月もないではないか。
ただ、この一連の事件が始まってから、社長と色々あったことは聞いていたので、辞めるとなっても仕方がない、とは思っていた。が、しかし。こんなに早いとは思ってもいなかったのだ。
「すまんけど、もう、この会社で頑張る気が失せた。」
「何かあったんですか。」
私が基谷さんに事情を聞くと、それは…と思う内容だった。社長は売上が上がってないことを基谷さんのせいにして、かなり怒鳴りつけたらしい。そもそも、基谷さんの仕事は営業ではないのだから、売上云々を押し付けるのはお門違いなのだが。
それでも基谷さんは、以前から売上を気にしていて、取引先との運賃の交渉をしたり、知り合いや友人に電話をして良い仕事を探していたりと、運行管理の業務をしながら営業のような仕事もしていた。それが彼の仕事ではないにも関わらず、だ。社長の知らないところで頑張っていたのを私たちは知っている。
そんな頑張っていた基谷さんだったが、本来の仕事ではない売上のことで、責任を擦りつけられ、メチャクチャに怒鳴られて、本当にやる気が失せたらしい。しかも、会社の今の状況を作ったのは、社長本人なのだから尚更だ。こんな仕打ちを受けたら、私であっても辞める選択を取るだろう。
「この歳になったらな、ある程度のことは我慢できるで。でも、あれは無いわ。」
基谷さんは、はぁっとため息をつく。なんとなく、どんな状況だったかの想像はついた。
社長は、怒鳴っても大丈夫と踏んだ人には、ものすごい剣幕で自分の気分だけで当たり散らす。一度怒鳴られたとしても辞めたりせず、その後も普段通りに接してくれる人は、怒鳴っても許してもらえる、もしくは付いてきてもらえると思っているらしい。そして、逆に怒鳴ったら離れていってしまうと思う人には怒鳴ったりはしない。私に言わせれば、甘えでしかないし、上に立つ立場の者としてはどうかと、本気で思う。
「どんな感じやったかは想像つくわ…。もういいんちゃうん。どうせ潰れるやろし。」
私としては、本当に嫌なことは分かっているので、これ以上、基谷さんを引き留めることはしたくなかった。
「自己再建していくって言うてるし、これ以上は付き合ってられん。時間の無駄やろ。」
「まぁ、沈みゆく泥舟、やからねぇ。私も、一緒に辞めよかな。」
と、私が言うと、羽田野さんが、
「えーっ! 斉藤さんも辞めてしまったら、私一人では生きていけませんよ〜。せっかく、ゆるく働かせてもらってるのに〜。」
と言ったので、
「冗談よ冗談。まぁ…基谷さんなしで、どうなるのか先は気になるから、とりあえずはいとくわ。」
私がそう言うと、羽田野さんはほっとしたようだった。そしてふと彼女は、
「でも、基谷さんいなくなったら、誰がこのポジションするんでしょうね。」
という疑問を口にする。けれど、基谷さんはすでに、後釜のことも考えていたらしい。
「まぁ、浦安さんがいるからな。あの人、社長と昔からの馴染みやし、上手いことやってくれるやろ。」
浦安さんという人は、社長の後輩で学生時代からの付き合いらしい。1年ほど前に、社長がうちに来いよ言ってと連れてきた人だ。この人も、運送会社の経験が長くて、仕事は何でもきっちりこなしてくれる。運行管理の資格も持っているので、社長よりは、断然頼れる人だと思っている。
「ところで、社長には辞めるって言ってあるんですか?」
私が基谷さんに聞くと
「いや、まだ。来たら速攻で言う。」
と言ったので、
「ほな、知らんふりしときますね。」
私と羽田野さんは、驚く演技しないとね〜と言いながら、朝の談合は終わった。
私たちが基谷さんの話を聞いた1時間後。
社長が出社すると、基谷さんはかの話題をすぐに切り出した。
「社長、すいません。俺、5月いっぱいで辞めます。」
「えっ?!」
「もう、あんな言われた方したら、よう着いて行きません。」
「え、ちょっと待ってくれよ。何でなん? ここまで、一緒にやってきたのに。」
「そうですけど。なんでって…。いい大人になって、あれだけ怒鳴られたら、ちょっと…。」
「そりゃあの時は、ちょっと声を荒げたかもしれん。それはすまんかったよ。でも、今、色々なところに聞き回って、自己再建していく方向で話を詰めていっているところなんや。これまで一緒にやってきたやんか。考え直してくれへんか。」
「いや、もうちょっと無理ですね…。」
あの手この手を使って、社長は基谷さんを引き留めにかかる。
「考え直してくれへんか。」「無理ですね。」の応酬を4・5回繰り返し、
「そんなに言うんやったら、引き留めてもしょうがないな…。」
と社長が折れる形で、終了した。
社長と基谷さんがそれぞれの仕事で、事務所から出ていくと、羽田野さんが私にこう言った。
「さっきのやりとり、まるで恋人との別れ話みたいでしたよね。」
「ぶはっ!!! ほんまやな!!!」
私は爆笑してしまった。いつでも女々しいのは、社長の方だ。自分自身が原因で、片腕との別れの時が来てしまったのだった。
翌日。
基谷さんが事務所にいない時に、社長が私たちに聞いてきた。
「基谷って、辞めるそぶりあった?」
私としては、前々から何かあったら辞めたいとお互いに言ってきたので、正直なところ前から辞めたいという気持ちがあることは知っていたのだが。
「どうでしょうか。全然、分からかなかったですけどね。」
私は、知らないふりをした。すると、社長は、こう言ってきた。
「俺な、3月ぐらいから辞めるんちゃうかなって思ってたんよ。」
——え? 何言ってんの?
私の頭の中は、?でいっぱいになった。
「3月に一緒に出張行ったやろ。なんか、あの時ぐらいから様子おかしいなって思っててな。やっぱりなって感じやわ。3月ぐらいに、基谷辞めるかもしれへんから運行管理してもらわなあかんかもしれんって、浦安にも言ってたんよ。」
「…へぇ。そうなんですか。私は全然分からなかったです。」
私は、同じ返答を繰り返す。
——そんなに前から、辞めるかもって思ってたんやったら、引き留めるのおかしくない? それやったら、あんな別れ話みたいなこと言わんと、すぐに受け入れてあげたら良かったやん…。
話の辻褄が、全く合っていないと思いながらも、そのまま社長の話を聞いてあげることにする。
「話し合いをした時も、そんなにすごくなかったんやで? ちょっと言い合いにはなったけど。まぁその時も、そんなに言うんやったら、辞めてくれてもいいけどよ、とは言うたけど、ほんまに辞めるとはなぁ。」
——話し合い? ちょっと言い合い…? そんなわけあるかっ!
基谷さんがちょっと、ぐらいではそんな気を起こさないのも知っているし、そもそも基谷さんから聞いている、その言い合いの時の状況と全く違った。しかも、その時に辞めてもいい、みたいな話は出ていないはずだ。出ていたら、基谷さんはその場で辞めていただろうから。
——…なんか、自分の良いように事実を捻じ曲げて解釈してない?
後出しジャンケンかの如く、実はそう思ってましたなんてことは、誰にだって言える。
——後で、基谷さんに確認してみよ。
結局、あれやこれやと私に話をしていた社長だったが
「まぁ、浦安もいるし、大丈夫やろ。」
と言って、この話を締め括った。
その後、社長が事務所から出ていくと、羽田野さんは
「さっきの話、斉藤さんに『俺、全然大丈夫やから。』って強がりを言ってるようにしか聞こえませんでした。」
と言っていて、また爆笑してしまった。
この日の午後、私は基谷さんに確認を取った。
「言い合いの時、社長から辞めてもいいけど、みたいな話されたんですか?」
「いや、その時はそんな話してない。」
「やっぱり…てか、そんな話出てたら、最初の時点で私たちに話してますよね。」
「そうやな。ていうか、その話出てたら、その場で辞めてるわ。今、ここにおらん。」
「ですよねー。」
私の予想は的中だった。社長は自分が分かってましたかのように言っているだけだ。
——なんなんや、このモヤモヤは。
後日、たまたま浦安さんと話す機会があったので、私は率直に聞いてみた。
「3月ぐらいに、社長から『運行管理してもらうかもしれん。』みたいな話、言われてんですか?」
すると、浦安さんはきょとんとして、
「え? この前、基谷さんが辞めるっていうの聞いた時に初めて聞いたけど…。」
私の質問は何のことかさっぱり分からない、といった感じで返された。
——やっぱり、社長の言ってたことは嘘なんやな…。
私の中のモヤモヤは更に大きくなっていく。
更に後日。
羽田野さんから、聞いた話なのだが。
「この前、社長を教えたことあるっていう小学校の先生に、たまたま会ったんですけど。」
「世間、狭すぎるやろっ。てか、田舎やからか。」
「そうなんですよね〜。でね、その先生、音楽を教えてたみたいで、社長が楽譜が読めなくて難儀したって言ってたんですけど。社長、ピアノ習ってたって言ってませんでしたっけ?」
「え? うん、小さい頃から習ってたって。男がピアノなんて恥ずかしかったから誰にも言ってなくて、小学校の高学年ぐらいにピアノやってるってバレたから辞めたって言ってたよね。」
「…話、噛み合わないですね。」
「…ほんまやな。」
社長からは、昔は結構弾けました、というニュアンスで話を聞いていたのでびっくりした。今でも、家にピアノを買おうかと言っていたぐらいだったのだから。
この一連の騒動が始まってから、薄々気付いていた社長の本当の為人が、はっきりと見える機会が多く、私のモヤモヤは収まらない。色々と考え込んでしまった。
基谷さんの辞める件の話、浦安さんの運行管理を任せる件の話、そしてこのピアノの話。今までも「あれ?その話そんな感じだったっけ?」と思ったことは何度もあったが、話の裏を取ることができなかったので、「そういう話になったのかな」とスルーしてきた。けれど今回、初めて裏を取れる事柄が出てきて、疑念は加速する。
今までの社長の話を思い返せば、この時こう思ってたら本当にそうなった、という話が多かったように思う。先見の明があるかのような話をすることも多かった。自分を良く見せるために事実を織り交ぜた嘘をついているのだろうか。
しかし、
——ちょっとニュアンスが違うんよな。
と思ってしまう。嘘をついているようには見えないのだ。今回の事で見ていくと、自分の考えと事が起こった時系列をごちゃ混ぜにして、自分の都合の良い話の筋を作り上げて話している、そんな感じだ。本当に起こったことだから嘘ではないし、自信を持って話している。思い込みが激しいとはよく言うが、それを通り越して、その作り上げた話が自分の中で、事実として出来上がり塗り替えて記憶されている、と言った方が正しいだろうか。思い込みとはまた別物、だと思う。
——だから、社長から聞いている取引先との話と、取引先の担当者から聞いた話が全然違うんですけど…ということになるのか…。
今になって腑に落ちた。取引先と言った言わないで揉めているところを散々見てきた。「こんなに話が噛み合わないことある?」とは思ってきたが、それはそうだ。自分が都合の良いよう話を作り上げて記憶しているのだから仕方がない。彼の中ではそれが事実で相手が間違っているという認識になるだろう。
普段から「嘘は嫌いなんよ」と誰に対しても豪語している社長だが、自分は嘘をついてないつもりだろうが、相手には「何をぬけぬけと」と思われているに違いない。
——そんでも、“社長にとっての都合の良い話“って何なんやろ?
という考えに至ってしまう。またも過去の話を振り返るが、都合の良い話は自分の力、都合の悪い話は全て他人のせい(ジャイアニズム!)になってるように思えてならない。
もちろん、そのままの意味での自分にとって利益になる話、はあるだろう。が、それとは別で、「“俺ってすごいやろ、かっこいいやろ“と相手に思わせること」ではないかというのが、考えた末に出した結論だった。虚勢を張る事で、自分を守ってきたのかもしれない。「すごいね!」と言われたかっただけかもしれない。確かに器用な面もあったり、努力もしてきているとは思う。誰だって、自分をカッコよく見せたいという思いはある。ただ、話を作り変えてしまうのはいただけない。しかも悪意がないなら尚更だ。
社長は悪い人ではない。けれども、今回のこの一連の流れで、どうにも信用ならない、と思ってしまうのだ。
気分屋で気が短く、思い通りに事が運ばないとすぐにイライラする。
意見がコロコロ変わり、全く自分に芯がない。
事実を捻じ曲げて記憶し、都合の良い話を展開する。
この会社に“本当“はあるのか。
——…こんな社長の元で、会社で、仕事を続けていって大丈夫なんやろか…。
基谷さんが辞めるとなった今、私も色々と考えさせられるのであった。
第八話に続きます。
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