人間が怖い人に
たぶん相方のこーゆーnoteはちょっと効くと思うんだよなあ。
だがこの中で語られてる相方の小説に私がダメ出ししたエピソードは覚えてない……スマヌ…スマヌ。
ただまあ従前から書いているように、私は不自然な作品、作為的な作品に対して昔から厳しいということなんだろう。
脳内映像が見えてもいないのに見えてるフリしてる作品とかには覿面に厳しいのは確かである。
まあそれって単純に「私、こんなイメージ見えてます!というフリをしている嘘」だからなあ。
自分が脳内映像駆使して描いてるせいか、脳内映像や内的イメージの伴わない作品は見分け付くんですわ。
「脳内映像、中から見るか?外から見るか?(with copilot≒Chat GPT)」内でも散々書いたけど。
「癒し」とか「エモ」とか狙った音楽とか、泣きを狙った感動作とかそーゆー作為に満ちた作品は私はスルーしてしまう。
嫌いだからそうしているというより
心の中から本当に生まれたものしか私の琴線に触れないので、
そういう質のものはそもそも私の目に入らないというか気づかないのである。
(エラそーに)
未熟な創作初心者が脳内映像見えてない自分に気づいてなくて描けてるつもり、ならまあこれからだな、で済むけど。
自分が見えてないのに作為で見えてるフリ、ってのは「他人を騙す気満々」て事なので私はまあ作品として金銭は少なくとも出さないなあ。
って感じ。
眇能視、跛能履。履虎尾、咥人、凶。武人爲于大君。
象曰、眇能視、不足以有明也。跛能履、不足以與行也。咥人之凶、位不當也。武人爲于大君、志剛也。
(片目が悪いのに、よく見えるつもりになり、足が悪いのに歩くことが達者だと思っている。 虎の尾を踏み、食われてしまうので凶。武人が大君になろうとする)

