権力とリーダーシップ~リスクを「ないこと」にする組織~
組織には、問題を解決するための仕組みがあります。
会議があります。
委員会があります。
内部統制があります。
リスク管理部門があります。
エスカレーション・ルールがあります。
それでも、なぜか問題が解決されないことがあります。
もちろん、本当に難しい問題だから解決できない場合もあります。
しかし、組織を長く見ていると、もう一つの現象に気づきます。
人は、解決が難しい問題にぶつかると、その問題を「ないこと」にしたくなることがある。
特に、その問題の責任の所在が明白で、しかも、その責任を負う立場に権力がある場合です。
そのとき問題は、「解決すべき課題」ではなく、
「知りたくなかった不愉快な問題」
になってしまう。
そして組織は、問題を解決するのではなく、問題が見えないようにする方向へ動き始めます。
「解決できない」と「解決したくない」は違う
これは、組織を見るうえで重要な区別です。
ある問題が複雑で、関係者も多く、解決に時間がかかる。
そこで、
「これは難しい問題だ」
という認識になる。
ここまでは普通です。
しかし、そこから、
「この問題を解決するには、過去の判断を検証しなければならない」
「責任の所在を明確にしなければならない」
「組織変更が必要になる」
「誰かの評価に影響する」
「自分自身が説明責任を負う」
となってくると、別の心理が働きます。
「そこまでして解決する必要があるのか?」
そして、
「そもそも、それは本当に問題なのか?」
という問いが始まります。
ここから、問題の解決ではなく、問題の再定義が始まります。
リスクを減らすのではなく、リスクを見えなくする
これは、リスクマネジメントにおいて特に危険です。
本来のRisk Managementは、
リスクを発見する。
↓
リスクを評価する。
↓
経営に伝える。
↓
対応策を検討する。
↓
残余リスクを受け入れる。
というプロセスです。
ところが、もし組織の中に、
「そんなリスクがあるように見せないでほしい」
という暗黙の要請が生まれたらどうでしょうか。
すると、Risk Managementの役割そのものが逆転します。
リスクを発見するのではなく、リスクが見えないようにする。
リスクを経営に伝えるのではなく、経営に届く前に小さくする。
問題を解決するのではなく、問題として認識されないようにする。
これは、リスクが減ったのではありません。
リスクが不可視化されただけです。
なぜ人は「ないこと」にしたくなるのか
これは、必ずしも悪意だけで説明できません。
人間には、認知的な負担を減らそうとする傾向があります。
難しい問題を前にすると、
「これは自分の担当ではない」
「そこまで深刻ではない」
「今まで大丈夫だった」
「誰かが対応するだろう」
「もっと優先順位の高い問題がある」
と考えたくなる。
そして、問題を認めることで自分に責任が発生するなら、なおさらです。
特に権力を持つ人には、さらに別の選択肢があります。
人事権を持つ権力者に、当該事案が耳に入ると、問題を解決するのではなく、問題を認識している人物の立場に影響を与えることができてしまうという実態があります。
問題を指摘する人が「問題」になる
最初は、一人の人が違和感を持ちます。
「ここはおかしいのではないか」
別の人が、
「私もそう思う」
と言う。
さらに別の人が、
「過去にも似た問題があった」
と情報を提供する。
一人ひとりと話してみると、バラバラだった情報がつながり、全体として一つのリスクが見えてくる。
これが組織の集合知です。
ところが、その結果が権力者にとって不都合だったらどうなるでしょうか。
議論によって問題を解決する代わりに、
問題を指摘する人のほうが「問題」になってしまう。
「ネガティブだ」
「協調性がない」
「組織に合わない」
「変化を阻害している」
そんなラベルが貼られる。
そして、人事によって状況を変えることができる。
人を替えると、組織の「知」も消える
これは単なる人事問題ではありません。
組織の知識の多くは、文書やシステムだけに保存されているわけではありません。
誰が何を知っているのか。
誰が誰を信頼しているのか。
誰に聞けば、本当のことが分かるのか。
誰が過去の失敗を知っているのか。
誰が小さな異変を最初に察知するのか。
こうした情報は、人と人との関係の中に蓄積されています。
だから、人を入れ替えると、単に「人」が変わるだけではありません。
組織の知識ネットワークが変わります。
場合によっては、消えてしまいます。
そして最も怖いのは、
「問題が解決した」
ように見えてしまうことです。
実際には、
問題を知っている人がいなくなっただけかもしれない。
警報装置を壊せば、警報は鳴らない
これはリスク管理を考えるうえで、非常に分かりやすい比喩です。
火災報知器が鳴らなくなった。
だから、
「火災リスクが減った」
とは言いません。
報知器が壊れている可能性があります。
組織も同じです。
リスク報告が減った。
異論が減った。
エスカレーションが減った。
会議がスムーズになった。
問題提起する人が減った。
これだけを見て、
「リスク管理が改善した」
と判断するのは危険です。
むしろ、
組織のリスク感知能力が低下している可能性があります。
本当に怖いのは「リスクの多い組織」ではない
本当に怖い組織は、リスクが多い組織ではありません。
リスクが多くても、それを発見でき、議論でき、経営に届けられる組織は、まだ健全です。
本当に怖いのは、
リスクが見えなくなった組織です。
そして、さらに怖いのは、
「リスクがなくなった」と組織自身が信じてしまうことです。
リスクが存在しないのではありません。
リスクを発見する人がいなくなった。
リスクを報告する人がいなくなった。
リスクを議論する場がなくなった。
リスクを経営に届ける経路がなくなった。
それだけかもしれません。
「見えない組織」は、こうして作られる
組織図を見ると、権限は明確です。
しかし、実際に組織を動かしているのは、必ずしも組織図だけではありません。
誰が誰に相談するのか。
誰が誰の意見を信頼するのか。
誰が会議の前に情報を集めるのか。
誰が異論を拾うのか。
誰が経営に伝えるのか。
そして誰が、
「その問題を見なくてもいいことにする力」
を持っているのか。
これが、私のいう「見えない組織」です。
見えない組織には、二つの顔があります。
一つは、組織を機能させる顔です。
個別対話によって情報を集め、異なる意見をつなぎ、会議で建設的な議論を可能にする。
もう一つは、組織を壊す顔です。
情報を遮断し、異論を排除し、人を入れ替え、問題そのものを見えなくする。
前者は集合知を形成します。
後者は集合知を破壊します。
人間がやると、こうなる
ここには、ある種の皮肉があります。
私たちは、組織にルールを作ります。
ガバナンスを作ります。
内部統制を作ります。
Risk Managementを作ります。
委員会を作ります。
そして、
「これで組織は合理的に動く」
と考えます。
しかし最後に意思決定するのは、人間です。
人間には、
自己防衛があります。
面子があります。
恐怖があります。
権力があります。
責任回避があります。
そして、
「自分にとって面倒な問題を認めたくない」
という、ごく普通の心理があります。
だから、人間が組織を動かす限り、
「問題を解決する」より「問題をないことにする」ほうが簡単な場面
が必ず生まれます。
特に、問題の責任が明確で、その責任を負う人が大きな権力を持っている場合、その誘惑は強くなります。
これは、特定の誰かが特別に悪いという話ではありません。
人間が権力を持ったときに起こり得る、構造的な問題です。
だからこそ、ガバナンスが必要になる
ガバナンスの目的は、「善人を集めること」ではありません。
人間は、善人でも間違えます。
むしろ、
人間が「見たくないものを見たくない」と思ったときでも、問題が消えない仕組みを作ること
が、ガバナンスの重要な役割なのではないでしょうか。
異論を残す。
少数意見を記録する。
経営に直接エスカレーションできる経路を持つ。
人事権とリスク判断を過度に集中させない。
問題を指摘した人が、そのことだけを理由に排除されない仕組みを作る。
そして何より、
「リスクが減った」のか、「リスクが見えなくなった」のかを区別する。
これが重要です。
AIは、この問題を変えられるのか
ここでAIの可能性が出てきます。
AIは、人間のように、
「この問題を認めると自分の責任になる」
とは考えません。
もちろんAIにも、データや設計者によるバイアスがあります。
だからAIを盲目的に信用することはできません。
しかし、AIを、
「人間が見たくない問題を拾い上げる装置」
として使うことはできるかもしれません。
例えば、
過去の議事録と現在の判断の矛盾
過去に指摘されたリスクの未解決事項
異常値や例外の増加
エスカレーションされなくなった問題
特定の人が繰り返し指摘していた論点
「問題なし」とされた案件の後続事象
などを、人間の評価とは別にAIに検証させる。
つまり、
「問題を解決するAI」だけではなく、「人間が問題を消していないかを監視するAI」
です。
組織に必要なのは、問題をなくす能力だけではない
問題のない組織はありません。
リスクのない組織もありません。
重要なのは、
問題を発見できること。
そして、
問題を発見した人が、問題そのものにされないこと。
さらに、
問題を発見するための人間関係と知識のネットワークを壊さないこと。
なのだと思います。
組織の強さは、問題が起きないことでは測れません。
むしろ、
問題が起きたときに、それを見つけられるか。
そして、それを見つけた人を守れるか。
そこに組織の本当の強さが現れるのではないでしょうか。
人間が組織を動かす限り、問題を「ないこと」にしたくなる誘惑はなくなりません。
だからこそ、組織には、
「問題を消す力」よりも、「問題を見続ける力」
が必要なのです。
