連載1:はじめに〈爆発〉ありき1-1
マークス神父と「また煌堂で」
1-1 はじめに〈爆発〉ありき
その日、ついにジョーは爆発した。
それまでも小さな噴火は何度かあった。その度に宥めては、なんとか収めてきたのだが、もう歯止めが利かない。限界だったのだ。
溜まりに溜まった負の感情を、彼は何度も爆発させた。
そして何度目かの咆哮の後に、ふと我に返ったように急に黙り込んだ。
少しばかり沈黙の間合いがあって、深い溜め息をひとつ。
それから画面越しに私を見つめ、バツが悪そうに小さな声で言った。
「ごめんなさい、ミカ。あなたに感情をぶつけても仕方がない」
ジョー・マークスは宣教師だった。
1960年代のはじめに神学生として来日し、アポロ11号が月面着陸を果たした年(1969年)に叙階(注:カトリック教会で聖職者として任命されること)され、ジョー・マークス神父となった。
半世紀以上、マークス神父はこの日本の地で、日本の人々とともに生きてきた。
時は2020年の春、COVID-19が日本列島を揺さぶり始めたころに遡る。
私たちは互いにタブレットを介してビデオ通話をしていた。
ごく当たり前だったはずの平凡な日常がアッと言う間に掻き乱され、不気味な感染症は、静かに、しかし確実に、社会から多くを奪い始めていた。
人と人との接触が禁忌となり、いろいろな場面で行動が制限されるようになっていた。
ジョーの修道院では、兄弟たち(注:修道会の仲間)と一緒に捧げていた毎朝のミサが中止となり、司祭はそれぞれ自分の部屋で単独でミサを立てるようにと指示が出された。
毎週行われていた聖書クラスなども全てが休講となり、いつ再開できるのか見当もつかない。
ジョーは毎日思いつく限りの人たちに、安否確認の電話をかけた。
人々は胸の内を明かし、彼に祈りを懇願した。
「卒業式が中止になった」「老親の世話に通うことができなくなった」「長年の計画が頓挫した」「留学ができそうにない」「海外の家族が帰国できない」「仕事が打ち切られた」「身内や友人が感染した」「医療従事者の家族が家に帰れない」「途方に暮れている」「不安でならない」「怖い」…
人々の悲痛な声は日増しに深刻なものになってきていた。
今日からここに書こうとしていることは実話である。
しかし、例えばジョー・マークスの名は実際のそれとは異なるし、モデルとなる人物や組織などが特定されるような書き方は、できる限り避けるつもりでいる。
なぜなら、私は読者お一人おひとりに、「神の御前に何ものでもない、ただの一人の老人」としての、ありのままの個人としての、ジョー・マークスに出会っていただきたいからである。
そう、世間的な「肩書き」や、修道会・教会の「名称」とは切り離された、ただの無名の存在として。
また、折々の出来事や時系列なども当時の状況そのままではなく、必要に応じて再構成し、多少の脚色を織り交ぜるであろうことは予めお断りしておきたい。
主人公がいつどこで何をしたかではなく、また主人公をめぐるどこの誰が何をどうしたでもなく、そういうことではなくて、
祖国を離れて日本に命を捧げる決意でやって来た一人の宣教師が、その晩年に何を考え、どのように在りたいと切望し、いかなる生涯を終えたのか。
彼のその生き方はどこから出てきたのか。
そういった問いの全てが、主イエス・キリストに帰着するということ。
それが多少なりとも読者に伝わるならば、筆者のこのnoteという新たな冒険にも意味があるだろう。
そして、もし読者お一人おひとりが、ジョー・マークスを通じて「愛である神の眼差し」に触れてくださるならば、それは故人にとって望外の喜びであろうと信じる。
それこそが、彼の生涯を貫いた願いであったからである。
mikageです:
こんにちは。はじめまして。
たくさんの記事の中から見つけてくださって、ありがとうございます。
コロナ禍における
恩師マークス神父(仮名)晩年の実話録、
ゆっくりと、
祈りの中で言葉を紡いでまいります。
どうぞ気長にお付き合いくださいませ。
続き(連載2)はこちら↓
(↓たまに単発で短編を挟むことがあります)
2025年3月25日 神のお告げの祭日に
作品に目を留めてくださる皆様に神の祝福を祈りつつ
mikage
