連載4:序章は夢〈所詮は夢〉2-1
マークス神父と「また煌堂で」
コロナ禍における煌堂での日々を語る前に
やはり先に書いておくべきこと
2-1 序章は夢〈所詮は夢〉
夜、よく夢を見る。
夢の多くは荒唐無稽、たいがい翌朝には忘れてしまっているが、鮮明に覚えているものもある。
試験用紙を前にして、必死に勉強した科目が間違っていたことに気づく夢なんて、これまで何回見たことだろう。血の気が引くような感覚は、朝になっても残っている。
目覚めは甚だよろしくない。
一方で、亡くなった父がニカッと笑いかけてくれたり、文字どおり夢のような喜ばしい出来事を体験できたり、そんな夢を見た日は高揚する。
ずっと喜んでいる。喜びに浸って味わっている。
とはいえ、所詮は私の夢である。
聖書に出てくるような、夢を通して伝えられる予兆とか警告とか、そういった特別な何かだ!と思えるような夢は、まあ滅多にはない。滅多には。
そう、滅多にはないのだが、皆無とも言えない。
その昔、当時の教皇に手を引かれ、丘の上の教会までゆっくりと坂を登っていく夢を見た。
ちょうど、洗礼を受けることを身内に強く反対され、悶々としている時期だった。
おそらく自分の強い望みが、夢という形で自己主張してきただけだろうけれど、単純に嬉しかった。
私はこれを神の啓示と思うことにした。
その啓示は、実際のところ平坦とは言い難かった私の受洗までの道のりに、大いに力を与えてくれた。
まあ、しかし繰り返すが、所詮は夢だ。
自分の心の奥に押し込められた何かの感情の表出にすぎない、たぶん。きっと。そうに違いない。
でもなあ、それでもなあ。・・・
煮え切らない自分がいる。
実は、私は自分の見た夢にずっと引っかかっていた。悩んでいたと言って良い。
原因は、ほかならぬジョー・マークス神父その人である。
その朝、ジョーは私の夢の中で、人々が「神父様の定位置」と呼んでいた教会の庭に陣取っていて、いつものように本を読んでいた。
いるはずのない人がいて、しかもその日は彼の葬儀が行われるはず(と夢の中の私は考えていて)、驚いて声をかけた。
「ジョー、あなた何をなさっているの? これからこの教会であなたの葬儀ミサですよ! あなたの棺は今、もうすでに聖堂の祭壇前に安置されています!」
彼は読んでいた自分の本をパタンと閉じて、それを私に手渡した。
「ミカ、あなたを待っていた」
「ねえ、私たちの会話は本当に、いつも互いに真心からくるものだった。本物の真心」
「だから、交わされた全てが祈りだったよ。誰かの幸せを願っていた時も、互いを労わり合っていた時も、激しい口論をしていた時でさえも。・・・」
「ね、ミカゲ、今日の私はいつもと変わらず立派に見えるでしょう?」
ジョーは小さくドヤってウィンクすると、遠くを見上げて静かに言った。
「神様は本当に、本当に、愛そのものでいらっしゃる。私たちは誰もが愛されている。どんな時も、何があろうとも、私たちが何も信じられない時でさえも」
「神様は大きい。ねえミカ」
視線を戻し、彼は私を見つめて続けた。
「神様のその愛に応えて欲しい」
「あなたとのやり取りは、きっと面白いものになるはずです。興味深いに違いない。・・・今はもう時間がない」
「また会いましょう」
キョトンとしている私の頭をポンポンと叩いて、マークス神父は立ち上がった。
「そろそろ行きます。また煌堂でね」
mikageです:
コロナ禍中に
恩師マークス神父(仮名)と過ごした
バーチャル聖堂「煌堂」での祈りの日々を
連載で綴ってまいります。
更新は不定期です。
1話ごと、祈りの中で言葉を紡いでおります。
気長にお付き合いくださいませ。
なお、本作は実話録ではありますが、
主人公はじめ登場人物・組織名等は、
(少なくとも当面は)仮称を用います。
読者の皆様には、ジョー・マークスを、
世間的な「肩書き」や、修道会・教会という組織の名称とは切り離された、ただ「神の御前に何ものでもない、一人の無名の老人」として、受け取っていただきたいと望んでおります。
また、記事は事実をベースとしつつ、
一部の出来事や時系列などに、再構成や脚色を含みます。
続き(連載5)はこちら↓
連載の第1回めはこちら↓
(↓たまに単発で短編を挟むことがあります)
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今後ともよろしくお願いいたします。
目を留めてくださるお一人おひとりに
祝福を祈りつつ…
mikage
