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書店に並ばない本が3ヶ月で実売900部を突破。書籍出版経験ゼロの私が、インプレスNextPublishingの岡本編集長と歩んだ出版の軌跡 ②

 先月より、インプレスNextPublishing編集長を務める岡本さんのメンバーシップ「専属編集者サービス」に入会し、昨日はオンラインセッションの2回目でした。

 今回の記事を書くにあたり、ふと「そういえば、岡本さんとはどんなやり取りをしてきたのだろう」と過去を振り返りました。

頻繁に連絡を取り合っていたわけでもないのに、どうして私に声をかけてくれたのか――その理由を知りたくなったのです。

この記事では、私が書籍編集者とどのように関係を築いてきたのか、そして第一稿で大きくつまずいた後、どのように企画や原稿を立て直していったのかをお話しします。

編集者から声をかけられたのは「緩く繋がっていた」から


思い返してみれば、岡本さんとは特別連絡を取り合っていたわけでもありませんでした。だからこそ、あの時「どうして、私に声をかけてくれたのだろう」と気になり、Xの過去ログを辿っていくことにしました。

すると、2020年には「好きな曲を言って4人を名指しする」 というリレーバトンを、岡本さんから受け取っていました。

 2021年(今から4年前)には、クラブハウスで子育て✖︎在宅✖︎ライターについて雑談していました。

 2022年には、なんと。こともあろうことか、私の方から「自然体で謙虚で、とてもいい人です」と告白してました。自分から言っていたはずなのに、全く記憶がなくて我ながらびっくりしています。

 人の出会いには、歴史ありですね。自分では何気なくやり取りしていたけど、そうして人と人は繋がっていくのかもしれません。

自信のない「没原稿」をよみがえらせるには「マインドの切り替え」が大事

 第一稿は、自信のなさがあまりにも全面に出てしまい、結局すべてを書き直すことになりました。岡本さんによると、ライターが自著を書くときに陥りがちな

「自分のことになると、急に自信がなくなる問題」

は、実は「あるある」なのだそうです。

いつもは誰かの言葉を紹介し、整えてきた分、自分自身を語る段になると途端に足がすくむ――それは多くの書き手が経験する壁だと聞きました。

誰かの言葉を届けるライターから、自分の思考を深く掘り下げていく著者へ。その境界線の上に、今まさに私は立っています。キャリアの分岐点に足を踏み入れたのだと、私は改めて実感するとともに、

——ビジネス書の書き方(自著)、全然わからない。

と頭を悩ませはじめました。書き方がわからず、頭を抱えて悩んでいることを岡本さんに伝えると、「ビジネス書の書き方の考え方、マインド」について教えてもらいました。

ライターは、対象者の言葉を「読者に届く言葉」に変換する仕事です。その一方で、自著は「自分の奥から出てくる言葉」を探す必要があります。つまり、求められる“言葉の紡ぎ方”が全く違うのだと。こちらの投稿スレッド、ビジネス系の自著の書き方に悩んでる方におすすめです。

 私は、こちらの投稿スレッドを確認した上で、もう一度「構成」と「企画」を考え直すことにしました。

 第二稿目を書き直す前は、

「えっ、これゴールテープ切れるの?」

と不安でしたが、

「セミナーに登壇する自分」

を召喚させることで、無事書き始めることができました。

 その前に、何冊かビジネス関係の類書(ジャンルが近い書籍のこと)にも目を通して、「書き方の型」のようなものを探っていました。

 書く仕事とは、まさに演技。自分のことを書く仕事であっても、求められるジャンルによっては、「誰か」になる必要があるのだなと、この時改めて実感しました。

 今、第二稿目の第五章目まで原稿が進みました。マラソンで例えると、折り返し地点です。

書けない時は、あえて書かないことで「企画の質」を維持できた


 今日は岡本さんから、気になる質問がありました。

「あのう……実はずっと前からみくまゆさんに聞きたいことがあったんですよ

 そう語る岡本さんは、少し俯きました。

「えっ……なんでしょうか……」

 男性からそんな話を切り出されたことは、婚活時代ですら一度もありません。思い起こせば、私たちの出会いは古い……。しばし、沈黙の時間が流れます。なんだか、乙女ゲームみたいな展開になってきましたが、一体どんな話なのでしょうか。

「みくまゆさんって、企画どうやって考えているのですか?」

「……企画ですか?」

 なんと、岡本さんが気になっていたのは、私の企画力でした。

 noteで私が自主企画を立てたのは、過去2回のみ。一つは、創作大賞の応募作品についてあとがきを書いて1記事にまとめましょうという企画です。

 もう一つは、誰かのためにお役立ち記事を書こうというこの時代に、自分語りをしよう!という「自分語りは楽しいぞ」という企画でした。

こちらもかなり人気があり、80人以上の参加者が集いました。企画を出したのは、半年以上前です。

「えっ、岡本さんまさか……そんなに前から、私のことが好……記事を読んでくださったんですか?」

「いや、企画そのものじゃなくて……エッセイの企画です」

「エッセイの企画ですか?」

 私は、目をぱちくりとさせました。エッセイに企画ってなんだろう。 思い起こせば、エッセイを書くにあたり「企画」なんて考えたことないかも。

「みくまゆさん、企画の質が高いんですよね」

——企画の質。

 これまた新たなフレーズが、岡本さんの口から出てきました。

「企画の質ですか。どういうことでしょうか?」

「たとえば、エッセイって視点とか。ネタの切り取り方が醍醐味だと思うんですけど。そこがみくまゆさん、抜群に上手い。

たとえば、note✖️Googleのコンテストで受賞された作品も、企画力に長けていました。

受賞作のスキが450を超えました。嬉しい!

エッセイを書くまでに『このネタで行こう』『この切り口で見せよう』という考えや、プロセスがあると思うんです。僕から見ると、それは企画でして」

「なるほど」

 書籍編集者から見ると、「視点」が企画になるのか。その発想はなかったので、目から鱗でした。

「書くことに悩んでる方も、世の中にはたくさんいると思うのですが、きっとその部分を見つけるのが難しいからなんじゃないかと」

「そう言われてみると、確かに」

 そういえば、ネタを書くまでの発想とか。考えとか。この辺り、今まで「当たり前」のようにすぐ出来ていたので「なぜ自分はそれができるのか」について、深掘りしたことはありませんでした。

 岡本さん曰く、私はどうやらそこが強みであり、他の人もその技術を知りたいと思うのではないか、と。

 だからこそ、そこをしっかり深掘りして文章化することで「誰かの再現性」に繋がるかもしれないとのことでした。

 今まで、自分のスキルについてそう考えたことはほとんどありません。

 それにしても、人と話すことで、自分が今まで培ってきた経験の中に「価値」をみつけられる瞬間があるのだなぁと。岡本さんと話すと、新発見の連続です。

 では、なぜ自分は「それ」ができるんだろう。

 過去を辿ると、ブログや小説、日記(日記はmixiだけど)を昔から書いたり、恋愛・婚活コラムを書く仕事をしてきたので、すでに自分の中にあるネタを記事化する習慣があったからかなと思いました。

 習慣があると、自然と日常がネタ化するんですよね。ということは、やっぱり書く習慣を作るって大事なのかもしれません。

そこでふと、自分が当たり前のように続けてきたこと――noteの書き方やネタの探し方を振り返ってみました。思えば私は、そのあたりで悩んだことがほとんどありません。

おそらく、書けないときは無理に更新しないからだと思います。私は、自分の中で「ある一定のクオリティ」を保てないと書きたくないという、
少し面倒くさいプライドとこだわりを抱えているのです。

プロとして仕事をしている以上、自分が納得できるクオリティのものを出さなければ「プロのくせに」と言われるのではないか――そんな恐れも、ずっと心のどこかにありました。

実際、誤字が多かった頃には何人かの方から指摘を受け、「プロでも誤字するんだね」と言われたこともあります。

つまり私は、noteで気ままに書いたとしても、常に「プロの書く文章」として見られている。その事実が、ずっと自分の根底にあり続けていました。そして今では、それこそが「プロになる」ということなのだと、静かに受け止められるようになっています。

 書かないとか。書くのをやめたいというのは考えたことはありません。常に「続ける」「打席に立ち続ける」という感覚はあります。

 岡本さんによると、どうやら私のnoteは一つ一つの質が高いらしく「質を確保した上で、noteを更新できるコツは絶対需要がある」とのこと。そしていろんな記事を一定のクォリティで書けていたのも、声をかけた理由のひとつとのことでした。

あえて書けない時に無理して書かなかったことが、第三者から見たら「一定の質」に繋がっていたのかもしれません。

 自分はなぜ書けるのか。ネタを探せるのか。……いや、ネタを探すというよりも、書きたい時に書いて、書くネタがない時はあえて書いてないだけなのですが、それが第三者から見たら「書ける人」に映っていたのなら、それはブランディング的な意味でいうと、成功だったのかもしれません。

エンタメ記事とエッセイの関連性

 岡本さんは、朝ドラ『あんぱん』が好きらしく、私のエンタメコラムも読んでくださっているそうです。

ミセスの大森さんにも、リアルサウンドで執筆した記事をリツイートしてもらえて、胸熱です。

 そういえば、過去にXのどこかで岡本さんに「あんぱんの北村匠海に似てますよね」って口説いたお伝えしたことがあるのですが、

 奥様には似てないと言われたらしく。



若い頃の写真が以前Xに流れていたのですが、イケメンさんでした。

たまたま岡本さんが朝ドラをみていて、私も朝ドラについて仕事でコラムを書いていたので、その感想をオンライン上で直接教えてもらうのは、なんだか新鮮というか……不思議な感覚でした。

北村匠海さんの感想も書いています。

 実は公開された記事で、読者さんよりツッコミを受けた場所があったのですが(批判とかではないのですが)、

「あっ、そこは僕も目が止まりました。別に変じゃないんだけど、あれ?とは思いました」

と、淡々と語っていたので、目の付け所は流石だなぁと。まあ、最終的には「コラムの仕事は(誰に何かを言われても、受け止めるしかないという)覚悟ですよね」というお話になりました。

 そんな岡本さんより、私が書いてるコラムについて、このようなお話をいただきました。

「みくまゆさんのエンタメコラムを見て思ったんですけど、コラムとエッセイって関連性があると思ったんです」

「それ、実は私も思ってました。エッセイというより、私は小説もですが」

「多分、エンタメってただ見てるだけだと『楽しい』で終わるんですけど。そして、大抵の人がそうだと思うんです。

でも、コラムを書くとなると『その人なりの視点』が大事なんじゃないかって。みくまゆさんは、人とみてるところが違って、そこを深掘りしているというか。

そこが、エッセイに似てると思いました。だから、みてて面白いコラムやエッセイが書けるのかなぁって」

 私はエンタメコラムを書くにあたり、役者さんの観察をして、仕草や状況を深掘りして伝えていくスタイルを採用しています。この手法は、エッセイや小説を書くことや、読む習慣がかなり役立ってます。

 必ずしも表現方法や語彙力が増えればいいという訳でもないのですが、増えると「戦える武器」をたくさん装備している感じといいますか。ないよりあった方がいいな、とはエンタメ系のコラムを書いていて思いました。

 岡本さんからは、このあたりももっと深掘りして伝えられるといいですね、というお話を受けました。人と話すと、自分では気づかない部分に目を配ることができるので、何事も相談してみるものですね。

3話に続く

⭐︎追伸
 マガジンの更新は、月に1〜2回程度続きます。もしよかったら、マガジンフォローしてくれると嬉しいです。

【完】

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