言葉にするには、時間が必要だった━━青山ヱリさんの小説に打ちのめされ、感想を書くのに1年かかった話【あなたの四月を知らないから】
片思いの最中は、相手の些細な言動、表情から想いを勘繰ってしまう。相手からすれば無意味な行動であっても
「ひょっとしたら」
と、いい方向に捉えてしまったりして。
今回ご紹介する小説は、ある一人の女性が男性と出会って恋に落ち、その繊細な心の揺れを、丁寧に。そして息を呑むほど美しく描いた、恋と人生が交差する『あなたの四月を知らないから』である。
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青山ヱリさんの小説『あなたの四月を知らないから』では、もうすぐ40歳になる由鶴がセラピストの宇治に恋をする。
由鶴は、宇治のちょっとした言動や仕草を見て、一歩引いたり不安になったりもする。それは、宇治に恋をしているから。
本作では、由鶴の小さな心の揺れも、丁寧にすくい取り美しく表現している。そんな由鶴に対し、宇治はいつも、剥きたての蜜柑みたいにふわりとしてて、無垢だ。いつか、ぱちんと弾けてしまいそうな危うさもある。
そんな宇治を、1人のセラピストと接する冷静な女性として。時には、年上ならではの母性で見守るような目線で。そして、1人の恋をする女性として……。さまざまな思いを抱えながら、宇治と向き合う由鶴がいじらしいし、宇治もキュートだけど、彼に負けないくらい由鶴も可愛い。
けれども、物語が進むにつれて宇治の隠されてきた一面が少しずつあらわになっていく。
夢見心地な宇治との時間が、現実を知ることでかき消されそうになる。翻弄する由鶴の心理は、報われない片思いを経験してきた人なら一度は味わったことがあるのではないだろうか。本作には、宇治のスピンオフも掲載されている。
きっと「大阪城は五センチ」を読んだ人は、宇治が本当はどう思っていたのか。どんな人生を抱えていたのかについて気になったのではないだろうか。少なくとも、私は「大阪城は五センチ」を読み終えた後からずっと気になっている。宇治は、1人の客として由鶴を見ていたのか。それとも。
すべてが書かれているという訳ではないが、宇治の目線に少し触れることができ、その後に「大阪城は五センチ」をもう一度読むと、より切なくなる。そんな訳で、山手線並みに往復で読むことを推奨する。
本作の魅力を一言ではあらわせない。読み終えてから1年経てば、もっと上手い感想文が書ける気がしていた。残念ながら、時間が経てばいい訳ではない。そもそも感想は上手く書けばいいのか。いや違う。感想を書いて、伝えることが大切だ。それを見て「読もう」と思う人が1人でも増えたなら、本望。それが、感想を書くということではないのか。
由鶴は、40歳手前で「家を買いなさい」と親に言われても、セラピストを少し後ろめたく思いながらも頼っても、しゃんと背筋を伸ばして生きている。
預金通帳を開くたびに、どこか誇らしくなる由鶴。それは、仕事を頑張ってきた証がそこに刻まれているからではないだろうか。
由鶴は、仕事と向き合って生きてきた人だ。
セラピストとして活動する宇治に対しても、男としてではなく、働く者としてその苦労に寄り添おうとする。
時には「私が緊張していることがバレると、セラピストとして活動している彼に申し訳ない」といった風に、宇治を労わることも。そんな由鶴の姿に、宇治を「1人の仕事人」として認めている様子や、彼女なりの気遣いだったり、健気さが滲んでいて——気づけば、心から応援したくなった。
由鶴の魅力は、健気ないじらしさだけじゃない。仕事へひたむきに取り組んできた女性ならではの、自信や強さも持ち合わせている。
由鶴は、親の「家買いなさい」指示に心が揺れつつも、凛として嫌なものは突っぱねる。35過ぎてから少しずつ訪れる不安を受け止めつつも、自分の足でしっかり踏ん張ろうとしている。
そんな由鶴の姿に触れて、今45歳の私も自分の意志を大事にしよう。そんなことをふと思えた。
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【あとがき 青山ヱリさん・創作・その他いろいろ】
青山ヱリさんの小説と出会ったのは、昨年の創作大賞受賞作が発表された後のこと。
私自身もその創作大賞に参加していたものの、彼女の作品を読んだ瞬間、
「なんだか、凄いものを見てしまった」
と打ちのめされるような感動を覚え、同時に「来年の応募、どうしよう」と考え込んでしまった。
しばらく悩んだ末、「超える」ことを目指すのではなく、自分なりにできることを探そうと決めた。ヱリさんの作品と出会い、確実に小説を読む目が肥えた気がする。(自分の力が伸びたかどうかは、さておき)
ずっと前から、彼女の作品の感想を書きたいと思っていた。盛大な言い訳をすると、その魅力を上手く言葉にする自信がなく、何もできずにいた。
作品を勧めること自体が、どこか脅威にも感じていた。noteは、創作で生きていきたいと願う人で犇めき合っているプラットフォームだ。素晴らしい作品との出会いは、創作のスキルを向上させるために欠かせない。とはいえ、あまりに凄い作品に触れると、人によっては書けなくなるのではないかという心配もあった。
この一年で、noteには私の想像を遥かに超えるほど繊細な思いを抱えている方々が、思っていた以上に多く存在することを知った。
なるべく人を傷つけてはいけない——そんな思いを常に抱えてはいたけれど、どれだけ気を配っても、言葉が誰かを傷つけてしまう可能性は少なからずある。そのことに悩んでいた頃、担当編集者の方から
「それらすべてを受け止める覚悟を持つことが、『インターネットで書く』ということじゃないかと」
と教わった。それでもなお、ある一文によって「書く人生」を閉じてしまった人たちを、これまで私は腐るほど目にしてきた。だからこそ、これからも細心の注意を払って書いていきたいと思う。
創作は、楽しむだけならそのままで十分なのかもしれない。けれども、スキルを向上させたいなら、やはり上手い人の作品に触れた方が絶対にいい。
今の私は、創作ではなくライターという仕事に就いている。ライターの仕事は、文章を整えることが主であり、小説やエッセイのように
「心が突き動かされた!」
という劇的な出会いは、決して多くはない。けれども、仕事を続けていると、同じ職種の人間にしかわからないような「細やかな技術」に触れる瞬間がある。
一文に無駄がない、語尾の選び方が絶妙、構成のバランスがいい……などなど。僅かな部分に「職人技」を感じた途端、思わず圧倒される。意外なことに、そうした技を文章に落とし込む人は、決してSNSで目立つような人ばかりではない。むしろ、X(旧Twitter)でもぽつりと静かに呟いているくらいで、声が大きい訳でもない。
つまり、自分に見る目が養われていないと、せっかくの素敵な記事を取りこぼしてしまうのである。たくさんの文章を書いたり、触れるうちに、誰かの評価ではなく、自分の目で
「ああ、いい……好き……」
と感じられる文章に出会えるようになる。
その感覚は、すぐに育つものではなくて。人の作品に触れたり、書いたり。自分の作品とどう違うのかを考えるたびに、少しずつ。確実に育っていくものだと、私は信じている。
私は、自分の目できちんと判断したいから、上手い人の文章はどんなに打ちのめされても、なるべくたくさん目を通してきた。上手くなっているかは謎だが、読む前より読んだ後の方が
「この文章、ああ好き」
という感覚が働くようになったのは確かかも。
そういう意味でも、文章を書く人は、たくさんの素敵な作品に触れた方がいいと思う。そして、そのラインナップの中にぜひ青山ヱリさんの作品をおすすめしたい。
あと、もうひとつ紹介できなかった理由がある。実は、
「この本を読んで感じた感動……できれば、自分だけのものにしておきたい」
という、ちょっと狡い気持ちも抱えていた。そんな自分から一歩踏み出すために、私は今この感想文を書いている。
もう、ひとり占めにはしない。たくさんの人に、作品が届いて欲しい。由鶴と歳が近い女性は、共感を覚えるかもしれない。あとは、宇治の魅力がどんどん広まって欲しい。危なっかしくて近づいてはいけないようで、でも放っておけない。
きっと他にも、宇治をお世話してくれる女性は数多ほどいるはずなのに、私が守ってあげたくなるというか。ふと、手を差し伸べたくなってしまう。こんなに魅力にあふれた青年を、どうしてこんなに優しく、美しく書けるのだろう。何度読み直しても、そう思う。
……と私が願ったところで、青山ヱリさんの作品には、すでに素晴らしい感想文がたくさん届いているのも事実である。
早時期さんの感想文を読んだ瞬間、この感想文を超えることができないと思い、気づけば数か月が経ってしまいました。だから私は、超えるのを諦めて「自分の目線で書いて、伝える」ことにしました。
感想文の中で、早時期さんは女性用風俗という舞台でありながらもなお、女性が搾取される側で書くのではなく「優しい眼差し」が丁寧に書かれていることを伝えています。こちらの感想文を読んでから、もう一度本作を読み直すと、また違う「良さ」に気づけると思います。
「女性用風俗」というテーマだと、手を伸ばすのが億劫になる人もいると思うのですが、根底にあるのが1人の女性のヒューマンドラマだと私は感じました。
この作品を読めば人間が好きになる、心が優しくなれるという一文が、秀逸でした。自分が人に優しくなりたい時、また読み直したいと思える作品でした。
既に上がっている感想文は、いずれも驚くほどクオリティが高く、読み応えがあるので、ぜひチェックしてみてほしい。
そして、もうひとつ盛大な言い訳をすると(言い訳、いくつあるのよって話ですが)、その感想文たちに並ぶようなものが書けるのか自信がなくて、作品を読んでから感想を書くまでに、気づけば一年も経ってしまった。
それでも、青山ヱリさんの素晴らしさを伝えるには、あと1万文字たりないと思っている。

その時は、ヱリさんよろしくお願いします。
【完】
