【64歳剣崎宗一郎の詐欺撲滅小説シリーズ】『パンドラ・ファイル』その13:『確率という名の偶像(アイドル) ~2000万分の1の毒薬~』【第一部:夢を買い続ける人々】第2章:不確実性のバグ
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「見てくれ、このデータ。……これが、あの『高額当せん者専門の資産管理サービス』の裏側だ」
Bitがモニターに投影したのは、複雑なニューラルネットワークの解析図だった。
剣崎の書斎は、深夜にもかかわらず、パンドラの賢者たちが放つ知性の熱気で満ちていた。
Abacus(アバカス):
『驚くべきことにな、奴らは宝くじの当せん結果を操作しているわけじゃない。確率論的にごく稀に発生する「当せん者」の心理状態を、完璧にシステム化しているんだ』
元国税官であるアバカスが、冷徹に語り続ける。
『高額当せん者が銀行に現れる。その数日以内に、この「資産管理サービス」を名乗る連中が、いかにも公的機関や銀行と提携しているかのような偽の身分証明書を持って接触する。「当せんを知られたくない」「税務署に目をつけられたくない」という、当せん者特有の不安を、奴らは完璧なタイミングで突くんだ』
Madame_Rose(マダム・ローズ):
『そして「匿名性保持」と「節税」なんて言う甘い蜜を提示する。人間は、多額の現金を手にしたその瞬間に、正常な判断能力を失うわ。それを『高額当せん者症候群』と呼ぶけど、奴らはこの症状を、まるで治療が必要な病気であるかのように扱って、自身の「管理下」に置いてしまう。……これは心理学的には、強烈な依存関係の構築よ』
剣崎は、Bitが解析した「管理システム」の構造を見つめた。
そこには、当せん者の資産を吸い上げるための「数式」が埋め込まれていた。
それは、ただ金を盗むだけの詐欺ではない。当せん者が持つ「当せん確率」という極めて非論理的な幸運を、彼らが管理する「金融アルゴリズム」という論理の牢獄の中に閉じ込めて、「運用」と称して少しずつ、ある程度以上の長きにわたって、最終的にはその全てを完全に、時にはその当せん者の社会的信用さえも無抵抗な形でうまく借金を限界までさせて搾取するといういう形で、食いつぶしていく仕組みだ。
「……彼らは、宝くじを単なるギャンブルとは見ていない。当せん者を、二十年かけて搾取し続けるための『養殖場』と見なしているわけだ」
剣崎の言葉に、Bitが苛立ちを隠さずに答える。
Bit(ビット):
『そうだよ。しかも奴らの運用アルゴリズム、中身はボロボロだ。勝率は操作されていて、運用実績のレポートも全部AI生成のフェイク。……Axiom(※注:パンドラ内での剣崎の呼び名)、この詐欺の最大のバグは、「確率」を悪用しているところにある。彼らは「あなただけの特別な運用ロジック」と言っているが、実は全員に同じ「破滅するロジック」を適用してるんだ』

「なるほど。……ならば、我々がやるべきことは一つだ」
剣崎の瞳が、静かに鋭く光った。
「奴らの『運用ロジック』という名の確率論に、我々が『本物の数学』をぶつけてやる。……彼らが信じ込んでいる『絶対に儲かる確率』が、実は『絶対に破産する確率』であることを、彼ら自身に証明させるんだ」
Abacus(アバカス):
『……まさか、また「ミラー・プロジェクト」をやる気か?』
「ああ。奴らが作った『運用成功』のシミュレーションシステムに、我々の作成した『現実の経済指標(リアルな暴落データ)』を流し込む。……奴らのAIは、都合のいい数字しか見せていない。ならば、現実の冷酷なロジックを叩きつければ、システムそのものが自壊するはずだ」
剣崎は、かつて妻と交わした「確率論争」を思い出していた。
当時、自分は確率だけで世界を割り切ろうとし、妻は確率を超えた「希望」を信じようとした。
今、目の前にいるのは、他人の希望を「確率」という名のナイフで切り裂く卑劣な連中だ。
「……私の恩師を食い物にした連中だ。確率論の深淵に叩き込んでやろう。彼らが信じて疑わない『2000万分の1の幸運』が、いかに虚しいものか、その身を持って思い知らせてやる」
剣崎の指が、キーボードの上を走り始める。
この「その13」の戦いは、単なる金の奪還ではない。確率という名の偶像を崇拝する者たちへの、論理による断罪だ。
(第3章へ続く)

