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当せん確率は2000万分の1。だが破滅の確率は100%? 64歳の知性が暴く「宝くじ詐欺」の闇!【剣崎宗一郎の詐欺撲滅小説シリーズ】『パンドラ・ファイル』その13:『確率という名の偶像(アイドル) ~2000万分の1の毒薬~』全6章【第一部:夢を買い続ける人々】第1章:消えない「億」の影

「億万長者」の影に忍び寄る当せん者専門の「ハイエナ・ファンド」。
 彼らは幸運を奪うだけでなく、当せん者の人生を地獄へ叩き落とす。
「自分は大丈夫」と過信する元エリートを救うため、剣崎宗一郎と秘密組織『パンドラ』が始動。
 確率論で人生を破滅させる巨大な詐欺スキームを、冷徹な論理でデバッグするシリーズ、その12!

 東京・銀座の片隅、看板を出さないバー『琥珀の夜』。
 剣崎宗一郎は、いつもの席で氷の溶ける音に耳を澄ませていた。

 六十四歳。元エンジニアの彼にとって、この店は世界で最も「論理」から遠い場所だった。
 隣の席では、常連の初老の男が、大切そうに財布から取り出した宝くじの束を眺めている。彼は週に一度、必ずこの店で「夢の続き」を確認するのが日課だった。

「剣崎さん、今週もダメだったよ。でもね、いいんだ。この紙切れ一枚を買うだけで、私は来週まで『億万長者になった自分』を想像できる。これほど安い気分転換はないだろう?」

 その言葉を聞きながら、剣崎は胸の奥で微かな痛みを感じた。
 かつて、妻・陽子も同じことを言っていたからだ。

 ——あれは二十年以上前のことだった。
 当時、剣崎は「正しいこと」を証明することに執着していた。仕事でも、家庭でも。
 ある晩、陽子が宝くじを買い、熱っぽく当せん後の夢を語り始めたとき、剣崎は「期待値」という冷徹なロジックを振りかざしてしまった。
「陽子、その確率は2000万分の1ほどだ。君が払った金は、慈善活動への寄付と同じだ。夢を見るのは勝手だが、数学的な現実は君の心を蝕むぞ」

 激しい論争になった。妻は「夢を見る心」を否定されたことに深く傷ついた様子だった。
 だが、数年が経ち、妻は自然と宝くじを買わなくなった。ある夜、彼女は穏やかに言ったものだ。
「ねえ宗一郎さん。気づいたの。私たちが本当に欲しかったのは、当たった後の贅沢じゃなくて、あの当せんを夢見ている時の、二人で笑い合っていた時間だったのかもね。もう、その時間は十分もらったわ」

 彼女は、剣崎に論理で勝たれる前に、自分自身の心で「結論」に到達していた。
 その日の夜、二人の間にあった見えない壁は音を立てて崩れ、それ以来、夫婦の行き違いは消えた。
 剣崎にとって、その妻の気づきこそが、論理よりも尊い「真実の証明」だった。

「……そうですか。気分転換にいいのなら、それも一つのロジックですね」
 剣崎は常連客に微笑み、ウイスキーを口に運んだ。
 だが、運命は残酷だ。翌日から、その常連客は店に現れなくなった。
 そして一週間後、剣崎の元に飛び込んできたのは、彼が「十億円」という高額当せんを果たし、同時に、正体不明の「資産管理業者」の餌食になったという報せだった。

 「Bit、調べろ。当せんした直後の彼を囲い込んだ『資産管理サービス』、その正体は何だ」

 剣崎の静かな命令に、パンドラのメンバーのインジケーターが一斉に反応する。

Bit(ビット)
『調べたよ。当せん者を専門に狙う「ハイエナ・ファンド」だ。彼らは宝くじの当せんデータ自体はハッキングできないけど、当せん者が換金のために銀行へ向かう足取りを追っている。……どうやってか? 奴ら、銀行の窓口に「情報屋」を雇ってるんだよ』

Madame_Rose(マダム・ローズ)
『そして当せん者という、孤独と興奮で思考能力が低下した人物に、「当せんを誰にも言わないでください。私たちは国家公認の匿名保全団体です」と嘘をついて、全額を預けさせる……。見事な心理的監禁トラップね』

 剣崎は、モニターに映る「当せん後の彼」の悲惨な現状に目を細めた。
 2000万分の1の確率で手にした幸運が、論理を欠いたシステムによって、彼を奈落へと引きずり込んでいる。

「神様が与えた幸運を、悪魔が徴収するわけか。……パンドラの出番だ」

第2章へ続く