国家の夢は、究極の収奪か? 64歳の知性が暴く、2050年「死後の搾取」!【小説】『パンドラ・ファイル』(その10)『月を撃つ影(ムーンショット・シャドウ) ~2050年の甘い罠~』全6章【第一部:国家という名のブランド】第1章:公理への挑戦状
身体の制約から解放されるアバター社会の裏側で、一兆円の血税と高齢者の全財産を狙う巨大な「虚構」が動いていた。
失踪した天才エンジニアの叫びに応え、剣崎宗一郎と秘密組織『パンドラ』が再集結。
2050年の未来を人質に取る巨悪に、老兵の論理が炸裂する第10弾!
四月十九日の「あの日」から一ヶ月。
六十四歳になった剣崎宗一郎は、かつてないほど「技術」というものに対して、冷徹な距離を置いていた。
亡き妻の声を模したAIに数億円を奪われかけた経験は、論理の鬼と呼ばれた彼に、人間が持つ根源的な脆弱性を再認識させた。
だが、隠居生活に戻ることを、運命は許さないらしい。
「……メティス。送り主の認証は?」
剣崎は、書斎のデスクに置かれた真っ白な封筒を見つめながら問うた。
『内閣府直轄、ムーンショット型研究開発制度事務局。および、特別委託先である「ミライ・アバター・ラボ」です。書面には本物の公印と、偽造不可能なナノチップ・コードが埋め込まれています』
スピーカーから流れる剣崎専用相棒AI、メティスの声。
彼女は、前回の事件で一度自らを焼き切りながらも、剣崎の手によって再構築された。今はより静かに、より深く、主人の思考を支えている。
剣崎は封筒を切り、中身を取り出した。
そこには、政府が推進する二〇五〇年の未来社会――身体の制約から解放される「サイバネティック・アバター」の限定公開デモンストレーションへの招待状が入っていた。
だが、剣崎の目を引いたのは、その開催案内の最下部に記された「開発責任者」の名前だった。
――進藤 誠。
「……進藤君か」
剣崎の脳裏に、数年前、技術フォーラムで出会った若き天才エンジニアの顔が浮かんだ。
当時二十代だった彼は、剣崎のシステム理論を「古き良き公理」と称え、敬意を持って接してくれた。パンドラの活動においても、非公式な技術アドバイザーとして剣崎を支えてくれた仲間の一人だ。
その彼が、三ヶ月前から忽然と姿を消していた。
パンドラのネットワークでも追跡不能だった「神隠し」。その彼が、なぜ今、国家プロジェクトの顔として名前を連ねているのか。

「メティス。進藤君の失踪前後のログを再スキャンしろ。特に、ムーンショット目標1に関わる部分だ」
『了解。……宗一郎さん、不可解な点があります。進藤様の失踪直前、彼の個人サーバーから「アバターによる資産決済モジュール」の脆弱性に関する警告レポートが、内閣府ではなく、ある特定の民間投資グループへ送信されています』
「特定のグループ?」
『「ルナ・キャピタル」。ムーンショット計画に民間最大の出資を行っている巨大投資シンジケートです。彼らは現在、高齢者向けに「アバターによる死後も続く資産運用」という金融商品を大々的に宣伝しています』
剣崎の瞳に、かつての鋭い光が戻った。
「国家プロジェクト」「アバターによる解放」「永遠の資産運用」。
並ぶ言葉はどれも輝かしい。だが、それらを論理というフィルターに通せば、どす黒い澱が見えてくる。
これは、単なる失踪事件ではない。
政府の威信と最新技術という「究極のブランド」を隠れ蓑にした、一人の天才の知性と、数百万人の高齢者の「最後の大金」を狙った巨大な略奪劇の予感。
「パンドラを招集しろ」
剣崎は、机の上に置かれた招待状を握りしめた。
「Bitには政府サーバーの裏口を、Roseにはルナ・キャピタルの心理戦略を、Abacusには一兆円規模の公金の行方を洗わせろ。……進藤君が私にこの招待状を送ったのだとしたら、それは救難信号(SOS)であり、同時に私への挑戦状だ」
六十四歳の知性が、二〇五〇年の虚構をデバッグするために動き出す。
月を撃つための、最初の一打を放つ準備が整った。

