63歳の知性が最新詐欺を完全論破する『パンドラ・ファイル』(その8)『落日の獅子(ライオン) ~師に贈る最後のロジック~』第二部:虚構の王国 第4章:ミラー・プロジェクト(Bitの解析)
「……芸術的だよ。これを作った奴は、単なる詐欺師じゃない。最高級の『演出家』だね」
Bitの感嘆とも呆れともつかない声が、スピーカーから響いた。
画面には、草薙が「現地視察映像」として見せられていた動画ファイルが展開されている。アフリカの広大な大地、轟音を立てて動く巨大な掘削機、そして土埃にまみれて働く作業員たちの姿。
「解説してくれ、Bit」
剣崎は、自身の相棒AIであるメティスに映像の同期を命じながら促した。
Bit(ビット):
『OK。まず、この背景の地層や空の色は本物だ。実際に資源が存在するエリアでドローン撮影された未公開映像をどこからか入手してる。……でも、問題はその上に載ってる「モノ」だ』
Bitがマウスを操作すると、映像から巨大な掘削機や採掘基地の建物だけが、青いワイヤーフレームとなって浮き上がった。
Bit:
『これ、全部AR(拡張現実)の3Dモデルだよ。それも、映画製作に使われるようなハイエンドのレンダリングエンジンをリアルタイムで走らせてる。見てよ、このマシンの錆び方と、地面に落ちる影の計算。草薙さんが映像の中で「もっと近くで見せてくれ」と要求しても、カメラの動きに合わせてCGが完璧に追従するようにシステムを組んである。これじゃ、プロの商社マンの目でも「実在しない」とは直感できない』
「……草薙さんは、自分の指示でカメラが動いているからこそ、それが作り物だとは疑わなかったわけか」
剣崎は、師が陥った「情報の檻」の深さに戦慄した。
Madame_Rose(マダム・ローズ):
『心理学的に言えば、「コントロール感の付与」ね。自分が主導権を握っていると錯覚させることで、批判的な思考を麻痺させる。草薙さんのような、現場主義を貫いてきたトップエリートには特効薬のような罠だわ』
Bit:
『さらにえげつないのがこれ。映像の音声トラックに、超低周波のノイズが混ぜられてる。人間には聞こえないけど、脳が「巨大な機械が目の前で動いている」という重量感を物理的に感じるように調整されてるんだ。五感すべてをハックされてるんだよ、草薙さんは』

「そこまで手間をかけて、たった一人の老人を騙そうとしたのか?」
剣崎の問いに、今度はAbacusが冷徹に応えた。
Abacus(アバカス):
『「たった一人の老人」じゃない。「一億、あるいは三億のキャッシュを即決できる宝石」だ。コストをかける価値は十分にある。……さらに、美玲の背後には、このARシステムを開発・運用するエンジニア集団がついている。パンドラの調査では、彼らは過去にもヨーロッパの資産家を同じ手口で破滅させている』
剣崎は、腕を組み、モニターを見つめた。
PANDORA――NOUSの深淵に集うこのメンバーがいなければ、自分もこの巧妙な虚構を見抜けなかったかもしれない。だが、真実は剥ぎ取られた。
「Bit、このARシステムを逆手に取れるか?」
Bit:
『……ふふ、Axiom。僕を誰だと思ってるの? 奴らの配信サーバーのIPはもう割れてる。草薙さんが次に見る「報告映像」の内容を、僕たちが書き換えることも可能だよ』
「いや、書き換えるのは映像じゃない。……草薙さんの『認識』だ」
剣崎の瞳に、かつての経営コンサルタントとしての冷徹さが戻る。
「彼らは草薙さんの自尊心を『鏡』にして、偽の成功物語を見せている。ならば、その鏡を叩き割る。……鏡の破片の向こう側に、自分を嘲笑う詐欺師たちの素顔を映し出してやるんだ」
剣崎はメティスに、あるデータの照合を指示した。
それは、美玲が使っていたパンフレットに隠されていた「不自然なズレ」――偽造された認証ロゴの元データだ。
「獅子が再び吠えるには、自分が檻の中にいることに気づいてもらうしかない。……パンドラの総力を挙げて、あのバーを『真実の法廷』に作り変えるぞ」

