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『学校をサボった僕は、秘密のお金の授業を受けることにした。』【学校が教えないお金の講座の連載小説その1】第1話:チャイムが鳴る前に、僕は走った

 キーン、コーン、カーン、コーン……。

 朝8時15分。
 中学校の校門の前に立った時、あの聞き慣れたチャイムの音が、僕の耳に重く突き刺さった。

 校門の向こう側では、みんなが同じ黒い詰襟と濃紺のセーラー風の制服を着て、吸い込まれるように校舎へと歩いている。
 その姿が、僕にはなぜか、
「工場のベルトコンベアに載せられた荷物」
…のように、見えてしまった。

(また、今日もあそこに入るのか……)

 胸が、急にギュッと苦しくなった。

 毎日、朝から夕方まで、チャイムの音に合わせて動いて、決められた席に座って、先生の言う通りに黒板を写す。
「良い点数を取って、良い高校に入って、有名な大企業か公務員に就職しなさい」
 お父さんもお母さんも、口を開けばそればかり。

 でも、その「有名な大企業」に入ったお父さんは、毎晩死にそうな顔をして、ため息をつきながらビールを飲んでいる。

「真面目にするのが、正しい生き方なんだ」

 誰もがそう言うけれど、僕には、その先にある未来が、暗くて狭いおりのようにしか思えなかった。

 キーン、コーン、カーン、コーン……。
 もう一度、チャイムが鳴り響く。

「………嫌だ!」

 気づいたときには、僕は反対方向へまっすぐ走っていた。
 カバンの中の教科書が、背中で重たく暴れていた。

 生まれて初めて、僕は学校をサボった。

 息を切らせてたどり着いたのは、家から少し離れた、古びた商店街の路地裏だった。

 シャッターが閉まった店が並ぶ中、一軒だけ、不思議な看板を掲げた店を見つけた。
 木製のすり減った看板には、古びた方位磁石の絵と、掠れた文字でこう書かれていた。

アンティーク&ブックス『コンパス』

 ガラス窓からのぞくと、中には古い時計や、国籍不明のランプ、そして天井まで届きそうな本棚が並んでいる。
 なんだか、ここだけ世界の時間の流れから切り離されているみたいだった。

 ゴト、と背中でカバンが鳴る。学校から逃げ出した罪悪感が、急に襲ってきた。
 でも、不思議とその不気味な店のドアノブに、僕は手を伸ばしていた。

 カラン、コロン。

 澄んだ真鍮しんちゅうの鈴の音が響く。

「いらっしゃい。ずいぶん息が上がっているね、迷子かい?」

 奥から現れたのは、ヨレっとした白いシャツを着た、背の高い男の人だった。
 ボサボサの髪に、細いフレームのメガネ。
 年齢はよく分からないけれど、僕のお父さんよりは少し若そうに見える。

 男の人は、僕の制服と、パンパンに膨らんだ中学生用の黒いカバンに目を留めた。
 そして、すべてを察したように優しく微笑んだ。

「なるほど。学校をサボった、勇敢な迷子さんだ」

「……あ、すいません。すぐ出ます」

 怒られる、と思って慌てて扉に戻ろうとする僕に、その人は「まあ待ちおきなよ」と引き止めた。

「サボりたくなるときなんて、人生にいくらでもある。
 僕は『レン』。この店の店主だ。
 せっかく迷い込んだんだ。
 温かいココアでも飲んでいかないか?」

 レンさんは慣れた手つきでマグカップにココアを注いで、僕の前に置いた。

 甘くて香ばしい匂いが、僕の強張こわばった体を少しだけほぐしてくれた。

「さて、学校から逃げ出してきた君に、一つクイズを出そう」

 レンさんはズボンのポケットから、クシャッとした1万円札を取り出し、トントンと木製のテーブルの上に置いた。

「これ、なんだと思う?」

「え……? 1万円札、ですよね」

 僕は戸惑いながら答えた。
 そんなの、誰でも知っている。

「そうだね。
 じゃあ、この『1万円札の正体』は何だと思う?
 誰もがこれ欲しさに毎日働いて、怒られて、我慢して生きている。
 学校はこれを手に入れるための場所だってみーんな信じてる。
 でも、その正体を教えてくれる授業は、学校には一つもない」

 レンさんは、メガネの奥の瞳をいたずらっぽく光らせた。

「この紙切れの正体が分かれば、君を閉じ込めている学校と社会の『|檻《おり》の鍵』が手に入る。
 どうだい?
 ココアが冷める前に、僕の秘密の授業を受けてみるかい?」

 レンさんの言葉は、怪しいけれど、なぜか僕の心の奥底に眠っていた「何か」を激しく揺さぶった。

 僕の、本当の学びが、ここから始まろうとしていた。

第2話へ続く