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「居眠り議員」を生み出す真犯人――それは真面目な有権者の足を引っ張る「居眠り有権者」の存在である、というひとつの視点  

 テレビやインターネットで国政や地方議会のニュースが流れるたび、決まって批判の的になるのが「居眠り議員」の姿です。

「高額な歳費(給料)や様々な特権をもらっていながら、議場で居眠りをするとは何事か」「大切な税金の無駄遣いだ」という怒りの声は、誰もが納得するごく自然な感情と言えるでしょう。

 そうした批判の声の中には、国や地域や自分たちの生活を少しでも良くしようと、選挙のたびに欠かさず投票所へ足を運んでいる多くの「目覚めている有権者」の方々の真面目な思いが含まれています。その方々は自分の貴重な時間を割き、候補者の政策を吟味し、その1票に願いを託して政治に向き合っています。

 しかし、ここで一つの素朴な疑問が浮かびます。

 これほど多くの真面目な有権者がいるにもかかわらず、なぜ国会や議会から「居眠り議員」をはじめとする、資質に疑問のある政治家がいつまでも排除されないのでしょうか。なぜ私たちは、選挙のたびに「この人に本当に高い歳費や特権を与える価値があるのか」と首をかしげるような状況を繰り返しているのでしょうか。

 その原因について世の中には様々な見解がありますが、その中の一つとして、真面目な有権者の足を引っ張る「もう一つの居眠り」の存在を、私は、ある意味興味深い逆転の発想というひとつの視点としてして、指摘したいです。

 それこそが、毎回公職選挙の投票に行かないことを常としている、「居眠り有権者(棄権者)という存在です。

「居眠り有権者」が、真面目な人の1票を無効化する構造

 ここで言う「居眠り有権者」とは、悪気があるわけではなく、単に「投票に行くのが面倒だ」と感じたり、「自分が投票しないことで政治的に中立を保っている」などと考えていたりする人々を指します。

 彼ら彼女ら自身の言い分にも一理あるのかもしれませんが、民主主義というシステムの上では、その「居眠り(不投票)」が、現実問題としては、予想外の連鎖を引き起こしているという事実があります。

 最大の弊害は、「居眠り有権者が増えれば増えるほど、特定の組織票や圧力団体の影響力が跳ね上がる」という数理的な事実です。

 例えば、有権者が10万人いる選挙区を想像してみてください。

  • もし投票率が80%(投票数8万票)であれば:
    ある圧力団体が持つ「1万5千票」の組織票は、全体の約18.7%にとどまります。この場合、浮動票を握る多くの一般有権者の判断が、選挙結果を大きく左右します。

  • もし投票率が40%(投票数4万票)まで下がれば:
    組織票の「1万5千票」という絶対数は変わらなくても、その価値は全体の37.5%にまで急上昇します。

 つまり、約半数の有権者が投票に行かない(居眠りしている)状態になると、特定の熱心な団体や社会的に強い立場にある組織の票だけで、容易に候補者が当選できるようになってしまうのです。

 これは裏を返せば、「投票に行かない居眠り有権者がいることで、真面目に投票に行っている有権者の1票の重みが薄められ、一部の組織票の力を不当に強める手助けをしてしまっている」という、致命的な構造を示しています。

安易な当選がもたらす「政治の質の低下」

 政治不信を語る際、議員の歳費の高額さや特権の多さがしばしば問題視されます。しかし、その原因をさらに掘り下げていくと、やはり有権者の行動に行き着きます。

「この人に税金から高い給与を払うのはもったいない」と感じるような、資質に欠ける候補者であっても、低い投票率のおかげで「安易に当選できてしまう」現実があります。

 議員の特権や歳費の多さに甘え、緊張感を失って議場で居眠りをしてしまう議員。その存在は、「有権者の約半数が選挙の際に見ないで居眠りしてくれている(=投票に行かない)」からこそ、温存されているということが、きっとあるのでしょう。

「高い待遇以上の価値」を持つリーダーを選び抜く

 では、私たちはこの悪循環からどのように抜け出せばよいのでしょうか。

 単に「議員の待遇を削減しろ」と叫んだり、「議員定数を削減しろ」などと、この問題の本質と本来関係のないことを言うだけでは、本当に優秀な人材が政治の世界を目指さなくなり、政治の質がさらに低下するという別の問題が生じることに直結します。

 重要なのは、その発想を逆転させることではないでしょうか。

 私たちができるだけ棄権せず、一人ひとりが目を覚まして投票に行き、その「高い歳費や特権にふさわしい、あるいはそれ以上の価値を地域や社会やこの国にもたらす本物の候補者」をしっかりと選び抜くことです。

 企業経営に例えるなら、有権者は「共同経営者」であり、議員は「雇われ役員」です。優秀な役員を雇い、十分な待遇(歳費・特権)を支払う代わりに、それ以上の利益や成長(豊かな社会)を会社(国)にもたらしてもらう。

 このような関係が築けてこそ、支払うコストは「無駄な税金」ではなく、「未来への健全な投資」に変わります。

誰もが目を開けたとき、この国全体の価値が上がる

「国会に居眠り議員がいるなら、有権者にだって居眠り有権者がいる」
「…いや、実は、国民のなかに、そんな『居眠り有権者』が居るからこそ、その人たちの代表者としての『居眠り議員』が存在するんだ!?」

 この視点は、私たちの政治への関わり方に静かな反省と、新しい道標を与えてくれます。

 もし「居眠り有権者」の方々が少しずつ目を覚まし、投票所に足を運ぶようになれば、組織票に頼るだけの「安易な当選」は通用しなくなります。候補者の皆さんは真剣に政策を競い合い、自らの価値を証明しなければならなくなります。

 そうして選び抜かれた、本当に優秀でその待遇に見合う(あるいはそれ以上の仕事をする)人々が議会を構成するようになったとき。

  • 議会の価値が上がります。

  • 議員の質が向上します。

  • そして、その代表を自分たちの手でしっかりと選んだという、私たち有権者自身の誇りと主権者意識が高まります。

 その結果として、私たちが暮らすこの国や地域社会はもっと住みやすく、誇れる場所に、きっと必ず、なって行きます。

 政治を批判すること「だけ」で終わらせず、まずは自分自身が「眠った有権者」になっていないか、そっと目を凝らしてみる。そうした小さな意識の変化の中に、この国の未来を変えるヒントが隠されています。