【noteでBL】番外編
▶noteでBLのお題で生まれた創作地方移住BL『愛友』の、さらにはしっこのお話。
◇
中学生時代、林にとってその行事は、自分には一生縁のない行事だと思っていた。
同じクラスの女子は律儀にも、普段交流のある男子のためにチョコレートを用意し、配って歩いている。
まん丸のクマの顔が可愛らしい、ハンドメイドのチョコレートだった。小岩井も、もらっていたようで、彼がもらっていたのは小さなハートを持ったクマだった。
「きっと当たりだよ、これ」
と林が言う。
「義理チョコに当たり外れがあるのか?」
「分かんないけど。……なんか、特別感ある」
「嬉しそうだな」
と、前を歩く背に向けて、小岩井が言う。
「そりゃ嬉しいよ」
イベントに混ざれたから。
そこまではさすがに口には出さなかった。
自分も輪の中に入れたようで、林は嬉しかった。
小岩井は興味が無いのか、すぐに包みを鞄の中にしまい込んでいた。
素っ気ないものである。
「今、食べたら怒られるかな?…ぁ……っ」
階段を降りて、玄関の靴箱が見えてきた時、林は息を飲んで言葉を止めた。
薄暗い靴箱の陰。一年生だろうか、まだ背の低い二つの人影が密やかに重なっている姿が、視界に飛び込んできた。
何か言いかけた林の口を、後ろから伸びてきた大きな手が塞ぐ。
硬い指の感触。小岩井の手だ。
「……っ」
小岩井は林を引き寄せるようにして、下の二人に見えないよう階段の踊り場へと引き返した。
静寂の中で、林の鼓動が耳の奥でうるさく跳ねている。
見間違いではない。二人とも、自分たちと同じ男子の制服だった。
降りるに降りられず、かといって声を出すこともできない。階段の途中で、林と小岩井は、ただ時間が過ぎるのをじっと待っていた。もう離してくれても声を出さないというのに、小岩井はずっと林の唇に手を重ねて塞いでいた。
やがて、二人分の足音が遠ざかっていく。
林はそっと玄関の方を覗き見た。そこにはもう、先程まであった、しっとりとした雰囲気は残っていなかった。
◇
校門を出て、林はクマの形をしたチョコを口に放り込む。
ミルクチョコレートの甘みが舌の上で溶け、喉の奥へ、とろりと滑り落ちていく。
林の頬は、未知の世界を目撃した興奮でまだ熱い。小岩井は何も言わずに、隣を歩いている。
静かだと思って横を向くと、彼はスマートフォンを操作していた。口元をマフラーに埋め、吐き出される息が白く立ち上がっている。
その様子をぼんやりと眺める林に気がついて、小岩井は「何だ?」と怪訝そうに聞いた。
「何でもない」
林も慌てて口元をマフラーに隠し、視線を落とした。
脳裏には、陰で重なり合っていた少年たちの姿が焼き付いて離れない。気のせいではなかったはずだ。二人の顔は、確かにくっついていた。
(なんで、あんなことしてたんだろう)
唇と、唇。
林は人差し指と中指を並べて、そっと自分の唇に当ててみた。
だが、そこにあるのは柔らかい指の背の感触だけだ。向きを変えて指の腹をくっつけてみたりするが、やはり何も分からない。
アレは何だったのだろう。
ふと、隣を見る。
(小岩井なら、分かるかな)
そんな疑問が浮かぶ。
小岩井から、そんな浮いた話題を持ちかけられる事は無く、ひょっとしたら自分と同じ感覚の持ち主なのではないだろうか、と前から林は思っていた。
(分からないかもな)
林もコートのポケットに手を差し込む。
素肌に突き刺さるように、寒い日だった。
当の小岩井はスマートフォンをしまい、もう前を見ている。眼鏡が自分の息で真っ白に曇っていて、前が見えているのか心配になってしまい林も声をかけずにいられなかった。
「拭かないの? メガネ」
林に言われてようやく思い出したのか、小岩井はメガネを外してクロスで磨き始めた。しかし、かけ直しても、またすぐに吐息で白く染まってしまう。
「あははっ!」
可笑しくて、林は笑った。
「笑うなよ」
マフラーの下の口角は、きっと「への字」になっているに違いない。そう思うと、林の笑いは止まらなかった。小岩井は呆れたように、肩を上下させてため息をついた。
「……なぁ、コイ」
ようやく笑いが落ち着いた頃、林は訊いた。
「好きな子とか、いる?」
「………………」
小岩井は答えない。コートのポケットに手を入れたまま、淡々と歩を進める。
薄暗い帰り道の雪路は少し固い。
氷を踏み抜いて、二人は並んで歩いていた。
「俺はまだ、いないんだ」
林がぽつりとこぼすと、小岩井は白く曇ったままの眼鏡を外し、ケースに仕舞い込んだ。
「……俺も、いない」
ようやく、小さな声が返ってきた。
「えっ?いないの?」
「いない。興味がないんだ」
その言葉を聞いた瞬間、林の顔が嬉しそうに綻んでいく。頬も、鼻の頭も赤く染めながら。
「同じだ!」
林は嬉しかった。
同級生が異性の話題で盛り上がっている中、自分だけが別の生き物のように感じて、輪に入れないことがあった。けれど、小岩井も自分と同じ場所に居たのだ。と林は思った。
その喜びは、小岩井との距離を一段と近く感じさせた。林はたまらず、小岩井の肩に自分の肩を弾ませるようにしてぶつけた。
「何だよ、危ないだろ」
小岩井が少しだけ眉を寄せる。
「一緒だな、と思って」
噛み締めるように、林は言った。
「一緒だな!俺たち」
小岩井は「……そうだな」と呟いて、またマフラーで口元を隠す。
コートのポケットにしまったケースから眼鏡を取り出して、またかけ直していた。
小岩井は曇っている日に視力が弱くなるらしい。そのことは、林も聞いて知っていた。
「転ぶなよ」
と言って、林は小岩井の腕をつかんでやった。

◇
本編から外れた話ほど書くのが楽しいのは、どうしてなのでしょう。
寄り道が楽しい。
小岩井の登場回
