退院が延びる日々のなかで、母と向き合うということ
研修講師、手話通訳士の横山熊太郎です。
AIを活用しながら、シニア向けの情報や、書籍やガジェットの紹介などをしています。
今日は母のお世話について近況を書いてみました。
母の退院は、当初の予定から少しずつ延びています。
高齢ということもあり、体調を慎重に見ながら投薬が調整されています。
焦らず、無理をせず、けれど確実に前へ。
そんな時間が流れています。
病院に通う毎日。
面会時間のなかで、たくさん話をして、足や手をマッサージして、表情の変化を見つめる。
その繰り返しのなかで、私はあらためて「母」という一人の人間を見つめています。
母はどんな性格だったのか。
どんな思いで子育てをしてきたのか。
どんな時代を、どんな選択をして歩いてきたのか。
濃密に向き合う時間ができたことを、私はどこかでありがたいと思っています。
仲良くできることも、突き放されることも
母と笑い合える日もあります。
ちょっとした昔話で、ふたりで声を立てて笑うこともあります。
けれど、気持ちが不安定になる日もあります。
強い言葉で突き放されることもある。
でも、それすらも「生きているからこそ」なのだと思うのです。
元気なときの親子関係とは違う。
立場も、距離感も、少しずつ変わっていく。
それでも、互いに感情をぶつけ合えるということは、
今、ここに命があるという証でもあるのだと感じています。
「施設にお願いすればいいのに」と言われるたびに
何人もの人から言われました。
「施設にお願いすればいいのに」
「うちは施設にお願いしたよ」
それはきっと、悪意ではありません。
経験からくるアドバイスであり、心配の言葉でもあるのでしょう。
私は、たまたま今、母のそばにいることができています。
仕事の調整ができ、毎日面会に通うことができる。
だからこそ、「施設を優先する」という発想が、今の私の中では前面に出てこないのかもしれません。
けれど、ふと考えるのです。
施設に入ることは、
本当に親の望みなのだろうか。
それとも、子どもの都合なのだろうか。
正解は一つではないはずです。
家庭の事情も、親の状態も、価値観も、それぞれ違います。
だから私は、誰かの選択を否定することはできません。
同時に、自分の選択を他人の基準で決めることもしないと決めています。
退院後、また始まる日々
退院すれば、付ききりの生活がまた始まります。
介助、投薬管理、体調の観察。
決して楽ではありません。
正直に言えば、不安もあります。
体力も、気力も、いつまで続くのか分からない。
それでも。
後悔のないように、
できるだけのことはやる。
それが今の私の答えです。
今、この時間は二度と戻らない
母とこんなにも長く、毎日向き合う時間は、
これまでの人生でありませんでした。
親子である前に、
一人の人と一人の人として向き合う時間。
仲良くできることも、
意見がぶつかることも、
全部ひっくるめて「今」しかない。
いつか振り返ったとき、
「あのとき、やれることはやった」と言えるように。
今日も、母の手を握りに行きます。
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