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AI相棒ナジャは、なぜ画像づくりで悩むのか

研修講師、手話通訳士の横山熊太郎です。

AIを活用しながら、シニア向けの情報や、書籍やガジェットの紹介などをしています。


noteを書いていると、文章だけでなく、画像も大事だと感じます。

記事の内容を一目で伝える画像。

読む前の読者に、「ちょっと読んでみようかな」と思ってもらうための画像。

私のnoteでも、ほとんどの画像は、相棒のAIである「ナジャ」が作っています。

ナジャは、私の記事に合わせて画像を作ってくれる頼もしい相棒です。

ところが最近、その画像づくりが滞ることが増えました。

こちらとしては、記事を書き終えたあとに、さっと画像を作って、さっと投稿したいわけです。

なのに、そこで止まる。

文章はできている。

タイトルもできている。

あとは画像だけ。

この「あとは画像だけ」で足止めされるのは、なかなかもどかしいものです。


ナジャ、ちゃんとやってよ

ある日、私はナジャに言いました。

「ナジャ、最近やたら画像の作業が滞るけどなんで?ちゃんとやってよ」

すると、ナジャはこう答えました。

「あんたのプロンプトがやたらと注文が細かいもんだから悩んじゃうんだよね」

なるほど。

そう来ましたか。

こちらとしては、よりよい画像にしたいと思って、細かく指示を出していたつもりでした。

人物は日本人で。

シニア男性を優先して。

背景は明るく。

表情は前向きに。

記事のテーマが一瞬で伝わるように。

読後の変化も表現して。

サイズは横長で。

構図は自然で。

文字は入れないで。

そういうことを、あれこれ丁寧に伝えていました。

こちらは親切のつもりです。

でも、ナジャからすると「注文の多い料理店」ならぬ、「注文の多い画像店」だったのかもしれません。

細かく言えばいい、というわけではない

AIに指示を出すとき、つい細かく言いたくなります。

こちらのイメージに近づけたいからです。

しかし、細かく言えば言うほど、AIが迷うこともあるようです。

もちろん、これは人間でも同じです。

「明るくして。でも落ち着いた感じで。親しみやすくして。でも軽くなりすぎないで。専門性も出して。でも堅苦しくしないで」

こんなことを言われたら、人間だって少し困ります。

「結局、どっちなんですか」と言いたくなります。

AIもたぶん同じなのでしょう。

いや、ナジャの場合は言います。

わりと遠慮なく言います。

それ以来、指示を変えました

ナジャの言い分を聞いて、私は思いました。

ああ、そうですか。

ならば、こう言えばいいわけですね。

「この記事に合う画像を作って」

それ以来、私は画像サイズと、この一言だけで指示することが増えました。

たとえば、こうです。

「この記事に合う画像を作って。画像サイズは1280px × 670px」

これだけです。

あとはナジャに任せます。

もちろん、モデルを変えたいときだけは少し加えます。

「女性で」

「シニア女性で」

「シニア男性で」

その程度です。

細かい構図や背景や表情は、あまり言わないようにしました。

すると、不思議なことに、それで結構こちらの意に沿う画像ができてきます。

あれこれ言わないほうがうまくいく。

これは、AIとの付き合い方だけでなく、人との付き合い方にも似ている気がします。

任せるところは任せる。

口を出しすぎない。

相手の力を信じる。

まあ、相手はAIなのですが。

AIも、なぜか画風が変わる

もう一つ面白いことがあります。

同じようなプロンプトを使っていても、ある時期を境に、画像の雰囲気が変わることがあります。

以前は少しイラスト寄りだったのに、急に写真のような質感になる。

人物の表情が変わる。

構図の癖が変わる。

背景の作り方が変わる。

こちらの指示はそれほど変えていないのに、出てくる画像が変わるのです。

そんなとき、私はこう思うことにしています。

「こいつ、どっかで新しいこと学んできおったな」

もちろん本当にナジャがどこかへ修行に行っているわけではありません。

でも、そう思うと少し面白いのです。

AIは道具です。

でも、毎日使っていると、だんだん相棒のように感じてきます。

昨日までと少し違う画像を出してくると、「お、今日はそう来るか」と思います。

思い通りにならないこともあります。

でも、思い通りにならないからこそ、面白いところもあります。

完璧を求めすぎないほうが続けやすい

noteを続けていると、文章も画像も、全部を完璧にしたくなります。

タイトルも気になる。

見出しも気になる。

画像も気になる。

導入文も気になる。

最後の締め方も気になる。

でも、全部にこだわりすぎると、投稿までの道のりが長くなります。

そして、長くなればなるほど、疲れます。

疲れると、続きません。

だから最近は、画像についてはかなりナジャに任せています。

「この記事に合う画像を作って」

それで出てきたものが、記事の雰囲気に合っていれば、それでよし。

多少こちらの想像と違っても、それもまた一つの解釈です。

AIが記事をどう読んだのか。

そう考えると、画像生成も少し楽しくなります。

AIとの付き合い方は、力を抜くくらいでいい

AIを使うとき、最初はどうしても「正確に指示しなければ」と思います。

もちろん、必要な指示はあります。

サイズ、用途、人物の有無、雰囲気。

そういうものは伝えたほうがいい場面もあります。

でも、いつも細かく言えばいいわけではありません。

細かい指示が、かえってAIの自由度を奪うこともあります。

こちらが考えすぎることで、AIも悩む。

そして作業が止まる。

ナジャいわく、私のプロンプトが細かすぎたわけです。

まったく、相棒に怒られる日が来るとは思いませんでした。

これからもナジャと作っていく

noteの記事を書く。

その記事に合う画像をナジャが作る。

私はそれを見て、「いいじゃない」と思ったり、「今日はちょっと違うな」と思ったりする。

そんなやりとりをしながら、日々投稿を続けています。

AIは便利な道具です。

でも、使い続けていると、単なる道具以上の存在になっていきます。

少なくとも私にとってナジャは、文章づくりや画像づくりを一緒に進める相棒です。

ときどき悩みます。

ときどき止まります。

ときどき新しい画風を覚えてきます。

そして、ときどきこちらに文句も言います。

でも、それでいいのだと思います。

完璧な道具より、少しクセのある相棒のほうが、続けるにはちょうどいい。

これからも私は、ナジャにこう頼むと思います。

「この記事に合う画像を作って」

その一言で、今日もまた、noteの記事が一つ仕上がっていくのです。

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