「引き際がわからない」69歳現役営業マンの孤独
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──“生涯現役”を賛美してきた社会の裏側
「仕事だけの人生で終わりたくない」
そう思いながらも、仕事をやめることができない。
今回紹介するのは、集英社オンラインに掲載された、69歳の現役営業マン・Sさんのルポ記事だ。
Sさんは、見た目はダンディで、仕事もできる。
パリッとしたスーツに磨き上げられた革靴。
山道を車で走り、今も顧客のもとへ向かう“現役”だ。
けれど、その内側には
「やめ時がわからない不安」と「仕事しかない人生への虚しさ」
が静かに積もっていた。
■「働き続けているのは、私の意思です」
Sさんの口癖は「私の意思です」。
会社に定年はなく、求められれば何歳でも働けた。
体力が落ちても、運転中に危険を感じても、
「若い人に任せるより自分が行ったほうが早い」と仕事を抱え込む。
それは責任感であり、誇りであり、同時にブレーキの壊れた生き方でもあった。
67歳で退職し、年金生活に入ったとき、
Sさんを待っていたのは「自由」ではなく、「空白」だった。
やることがない。
仕事以外に知り合いがいない。
自分の存在価値がわからない。
この言葉は、とても重い。
■これは「個人の問題」なのか?
記事は問いかける。
これは本当に、Sさん個人の問題なのだろうか。
長時間労働が当たり前だった世代。
仕事一筋で生きることが「美徳」とされ、
家庭や趣味、地域とのつながりを後回しにすることが評価されてきた社会。
「ワーク・ライフ・バランス」という言葉すらなかった時代を生きた人たちは、
引退後の人生を“準備する時間”そのものを、仕事に奪われてきた。
仕事をやめた瞬間に、社会から切り離されたように感じてしまう。
それは、決して恥ずかしいことではない。
■“過労シニア”は、いまも増え続けている
この記事は、
ルポ 過労シニア
からの抜粋・再構成だ。
高齢になっても働き続けざるを得ない、
あるいは、働くこと以外に居場所を見つけられない高齢者たち。
彼らは「意欲的なシニア」なのではなく、
社会が作り出した“犠牲者”なのかもしれない。
■「いつまで働くか」ではなく、「どう生きるか」
この記事を読んで考えさせられるのは、
「何歳まで働くか」ではない。
仕事以外に、誰とつながっているか
何に時間を使えるか
肩書きがなくなったとき、何が自分に残るのか
それを考えるのは、定年直前では遅い。
現役のうちから、少しずつ“仕事以外の自分”を育てていく必要がある。
Sさんの姿は、
未来の誰かではなく、今を生きる私たち自身の延長線かもしれない。
■おわりに
「生涯現役」という言葉は、一見前向きで美しい。
けれど、それが
“やめる自由を奪う言葉”になっていないか
立ち止まって考える必要がある。
働くことは尊い。
でも、働くことだけが人生ではない。
このルポは、
静かに、しかし確かに、そう問いかけてくる。
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