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【創作大賞2024応募作】神々の憂い #16(最終話)

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エピローグ
  
「ノエ様、やはりかずらには荷が重すぎます。ア、アマテラスオオミカミ様の振りをするだなんて、畏れ多くて……、神罰が下りまする」

 シュリに借りた衣装を身に纏い、化粧を施した蔓は手足をモジモジとさせて訴えてくる。

「だまれ」と威圧するも「ですがノエ様……」と言って、なおも食い下がってくる。
「しつこいぞ蔓。いいか、よく聞け。そもそもは、ヤクがあのムスメに『なんでも願いが叶う御朱印帳』だと嘘をついたのが発端だ。あのムスメはどんなことをしても叶えたい願いがあると言って俺の腕を掴んで離さなかったのだから仕方がないだろう。今さら、あれは嘘だと言えるか? そんなことしたら、ヤクに失望するだろうなぁ? いや嘘だと教えなかった、蔓、お前にも失望するかもしれしれんなぁ?」

 意味ありげに、ちろりと流し見ると、すぐさま「それは、なりませぬ」と慌て出した。

 ――かかった。

「だろう? 神は人の子を失望させてはならぬ。ヤクの粗相は眷属けんぞくであるお前が後始末をするのだ」
「――もちろんでございます。灯様を失望させるわけにはまいりませぬ」
 蔓の生真面目さはこういうときに役に立つ。

「心配するな。神々は今ごろ出雲だ。神議かむはかりの準備に追われているから気付かれることはない」
「ノエ様は出雲に行かぬでもよろしいのですか?」
「これが終わったら三柱さんにんですぐに発つつもりだ。よし、手順を確認するぞ」
 はい、と蔓が神妙に頷く。

「ムスメたちが祝詞のりとを唱えたら、エキたちがドライアイスで煙をたく」
 蔓は桶に入れられたドライアイスを繁々と見つめ「水を注いだら白煙が出るとは、なんとも不思議な氷でございますわねー」などと呑気に言っている。

「次は、俺がプロジェクターで光を放つ」
 岩陰に設置されたパソコンやプロジェクターなどの機材をここまで運ぶのは大変だった。そんな苦労も知らずに蔓は「予行演習はとてもみやびでございました」とうっとりとしている。

「そして次はお前の番だ。蔓」
「はい、『其方そなたの願いを申してみよ』と『なんじの願い叶えたもう』でございますね」
「そうだ。お前の姿は、術がかかったこの場所に立たぬ限り、人の子の目に晒すことはできぬ。絶対に立ち位置を間違えるな」

「承知しました。わたくしの姿が見えなければ意味がございませんものね」

 グダグダと言いながらも、やる気を見せてくれたことはありがたい。

 そもそもこんな小芝居を打つことなったのには訳がある。エキが言った通り、ヤクはすぐに出戻ってきた。深く反省している男の家に居座り続けることが忍びなかったという言い分はわからんでもない。久しぶりに人の子に取り憑いたヤクにはハードルが高すぎたのだろう。
 そんなときにあのムスメが言い出したのだ。

「そう言えば、御朱印を三つ揃えたよ。どんな願いでも叶うんだよね」と。
 面倒臭いことを言い出したものだと思ったノエは「願いを叶えるには、山奥へわけ入らねばならぬ」などと適当にあしらったのだが、ムスメは「どこへでも行く」と食らいついてきた。シュリからは自分の望みを口にするようなムスメではないと聞いていたので、一体どんなことを願おうとしているのか気になって、さりげなく探りを入れてみれば、
「ヤク爺が二度と引きこもらないように、厄病神の使命に誇りが持てるようにお願いしたい」と訴えてくる。
 そんな事を言われて、無碍にできるはずもない。

 どうしてもこの願いをヤクに直接聞かせてやりたいと思った。

 元々、願いが叶う御朱印帳だと言い出だしたのはヤクだ。あいつには、ムスメの願いを叶える義務がある。

 すぐに一芝居打つと決めた。そして、エキにも協力を仰いだ。アマテラス役はシュリでもよかったが、出雲に発ったあとだ。蔓に任せることにした。だが蔓はムスメの願いを知らない。理由はひとつ、張り切りすぎて面倒なことになっては困るからだ。全てを知っているのは俺とエキだけでいい。ムスメの願いを聞いたときにどんな反応をするのだろう。そんなことを考えていたら、ヤクを連れたエキが戻ってきた。

「あと四半刻で灯ちゃんたち着きそうだよ」
「よしわかった。最終確認をしてそれぞれの持ち場に」
「オッケー。にしても蔓。よく化けたねー。すごいよ。蔓だって絶対にバレないよ」
「ほんとうでございますか?」
 エキが誉めそやしたおかげで、蔓の気分は上々のようだ。
「うん、絶対大丈夫。しかも灯ちゃんたちからは遠目にしか見えないからね」
 蔓のことはエキに任せて、ノエはヤクに覚悟を決めさせた。
「ヤク、お前は責任持ってムスメの願いを叶えるんだぞ」
「わかっておる……。じゃがのぅ、もし叶えられぬことを願われたらどうするのじゃ?」
「それはお前が考えろ。お前がアイツを騙したのが原因だ」
 そう言うと、シュンとしてしまったので「心配するな。アイツは妙なことは願わんだろう」と宥めておいた。

 ――お前にしか叶えられん願いだ。安心しろ。

「あっ来たよ」
 エキが指差す方へ視線を向けると、ふたつの人影と電動松明(たいまつ)の光が見えた。

「よし、全員持ち場へ!」

 各人が持ち場について、今か今かとその時を待ちわびていると、対岸でチロチロと赤い光が揺れ始めた。
 ろうそくの火が灯ったのだ。
 柄にもなくうっすらと緊張を覚える。
 いよいよだ。
 
はらたまい、きよたまえ、かむながら守り給い、さきわえ給えーー」
 
 祝詞のりとが聞こえ始めた。
 ヤクとエキが左右からドライアイスでスモークをたく。頃合いを見てプロジェクターからはすの花と光の玉を映し出すと、蛍や夜光虫やこうちゅうから抽出した光成分を吹き付けた小さな綿毛をいっせいに宙へ飛ばした。

 ムスメたちは、舞い上がる光の粒に、吸い寄せられるように天を仰いでいる。
 蔓に目配せをすると、定位置に立った。
 同時に足元から光を当てる。
 ムスメたちの視線が蔓を捉えた。
 頼んだぞ、蔓。
 
『其方の願いを申してみよ』
 
 なかなかうまいじゃないか。
 次はヤク、お前だ。
 ムスメの願いをしかと受け止めろ。
 
「アマテラスオオミカミ様。聞いてください。私たちには大好きな神々がいます。でも、その神々は、ひと知れず寂しさを抱えています。誰も手を差し伸べてくれない孤独や絶望を抱えて生きています。私は、そんな心の内にまったく気付きませんでした。世の中が平和に保たれるよう、嫌われ役を一手に引き受けている神々に、これ以上辛い思いをしてほしくはありません。だから、ヤク、エキ、ノエ、憑神つきがみ三柱さんにんが、この先もしも自分たちの使命に迷ったり、辛いと思うことが出てきたときには、令和の時代に、七福マートで働いていた店長や、坂下君、私のことを思い出させて欲しいのです。憑神様のことが大好きで、感謝している人の子がいたということを。人の子すべてが、憑神様のことを嫌っていないということを。自分の使命に誇りを持ってほしいと願った人の子がいるということを。どんなに辛いことがあっても、どんなに孤独や絶望を感じたとしても、この先、私たちのことを思い出せば、心が温かくなれるように、私たちは生ある限り、憑神様に感謝の気持ちを伝えます。だからお願いです。この先、厄病神やくびょうがみ様、疫病神えきびょうがみ様、貧乏神様の心に弱い気持ちが巣喰ってしまったときは、神々の心の中に私たちとの思い出を蘇らせてください。二度と引きこもりにならなくてもいいように、二度と自分の使命を呪わなくてもいいように、二度と平気な振りをしなくてもいいように、憑神様の心が温かくなるように、私たちはこれから精いっぱい、頑張りますから!」

「貧乏神様ー、厄病神様ー、疫病神様ー、ありがとうございまーす」
 坂下がそう叫ぶと、ムスメは
「憑神さまー。大好きー」
 と叫び、大好きという言葉が山々に跳ね返って、幾重にもこだまする。

 まったく、いい歳をして、なにを小っ恥ずかしいことを叫んでいるのか。
 不覚にも目頭に熱をはらんだ。
 ヤクとエキの目元も、うっすらと潤いを帯びているように見える。

 二柱ふたりが泣いていることに気付かないふりをして、蔓の方に目を向けると、こちらは盛大に泣いていた。目を真っ赤にして、涙が溢れている。

 この様子じゃ、締めのセリフは無理だろう。まぁ仕方がない。足元の光を消そうとしたその時、蔓の顔がキリリと引き締まり、静かに口を開いた。
 
『其方たちの願い、しかと受け止めました。この先、憑神の心に弱き心が巣喰ったならば、必ずや其方たちと交わした心温まるおこないを、憑神の心に蘇らせましょうぞ。二度と引きこもりにならぬよう。二度と自分の使命を呪わぬよう。二度と平気な振りをせぬように。孤独や絶望を抱えて生きていくことが無きように。約束いたしましょう。其方たちの願い、叶えたもうぞー』
 
 蔓の口上は、山々に宿る精霊たちの力を一身に浴び、目の奥に揺らぎない光を灯して、まるで、アマテラスオオミカミが憑依したような神々しさを孕んでいた。
 
 なぁ蔓、お前に託して正解だったな。この先、俺たちの心に、よからぬ想いが巣喰ったならば、そのときは蔓、お前が責任をもって、俺たちを明るい場所へと導いてほしい。
 
 ヤク、エキ、俺らは、畏怖の象徴であろうと頑張り過ぎたのかもしれんなぁ。すべての人の子に恐れられる必要はないのかもしれん。三柱さんにん肩寄せ合って、寂しさに耐える必要もないのかもしれんな。
 少し、肩の力を抜いてみるか――。
 
 夜のしじまに、ヤクの鼻を啜る音が小さく響いた。
「ヤク、あいつらの願いを後生忘れるなよ。必ず叶えろ」
 短い沈黙のあと「――あい、わかった」という答えが返ってきた。
 俺たちは、神だ。人の子の想いを汚すわけにはいかぬからな。
   
 見上げた空は、いつの間にか雲が晴れ、無数の星々が瞬いている。
 まるで俺たちの憂いを晴らすかのように、静かで清らかな瞬きに満ちていた。
 あいつらは俺ら憑神の運命を変える暁の光となるやもしれん――。
 
 令和の御代みよも悪くはなさそうだ。

(完)

#創作大賞2024 #恋愛小説部門

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