残業時間と自分を労わる余暇のバランスについて
前職でも今の職場でも夫にも、「ユイさんは、早く帰るよね」「プライベートを大事にしているよね」と言われてきた。
実際に社会に出て6年半、1ヶ月の残業時間が45hを超えたことはこれまでたぶん、一度もない。
いわゆる「フルタイム正社員」としては、なかでも「編集者」としては結構レアというか、客観的に言ってしまうと、まあ働いていないほうである。特に1社目は裁量労働制だったので、閑散期?は11時に出社して定時の18時過ぎに帰る、なかなか怠惰な社会人だった。2社目でもう少しルールの厳しい大企業に転職してからはそうもいかなくなったが、それでも月によっては意図的にセーブして働いている。
前提わたしは昔から働くことが好きだ。月曜日に憂鬱になることはないし、自分の得意なことで叶えたい世界があるし、60歳くらいまでは正社員として裁量を持って働き続けたい。紆余曲折あってたどり着いたWebメディア編集者の業務内容もほぼ“理想ど真ん中”で、働いている時間の90%はポジティブな感情で過ごしている。加えて私は人生に変化とか成長を求めるタイプなので、社会人7年目の今でも、仕事のスキルを磨いてできることを増やしたい。
つまり労働意欲は高いほうと自認している、が、それでも長時間は働けない。
常に自分より優秀な人に囲まれて過ごしてきた中で、「若いときにどれだけ働いたかが、将来を決める」「何よりもまずは量」「人生一度は大変な思いをする時期が必要」なんてありがたい話は複数人から直接教わったし、理解できる。面白い仕事をしたいなら、たくさん働けよ、と。
でもそれが理解できるのと、実際にできるのは違うことなんだと思う。
まず、体力面でのキャパシティの問題で長く働けない。私の場合は、自分の限界が来る2歩手前で身体にストップがかかる。具体的に言うと、なぜかイライラする、眠れなくなる、頭が回らなくなる、呼吸がうまくいかなくなる(吸えない感じ)。自律神経の問題らしい。
こうなると「あ、今やばいのかな…」と思って身体を休めることに全力投球。平気で定時退勤するし、有給も使うし、クリニックにも駆け込んでたっぷり8時間寝るのだ。
1年前に都心の中古マンションをペアローンで買ったとき、心配性なので20代にも関わらずプランの中で一番良いがん団信をつけたのだけど、内心「何よりも怖いのはメンタルを病むことでは?」と思っていた(※住宅ローンは、精神疾患では免除にならないことが多い)。
というのも近しい人で、重かれ軽かれメンタルを病む人の割合がかなり、かなり高いからだ。近い人だけを遡っても15人はいるんじゃないか。優秀な人ほど求められる仕事のレベルも高いのでうつや適応障害になり、なかなか復帰が叶わない。そんな現実を間近に何度も見た。
で、身体のキャパ(脳の処理のキャパかも……)が大きくない自覚のある私は、たぶん心の底のほうでうっすらビクビクしていて、意図せずともストップをかけてしまう。
仕事が好きだからこそ、この平穏な日常を保ちたいからこそ、絶対にムリはできない。真面目な人間なのでもちろんある程度は頑張るけれど、疲れたときは早い段階で手を打っておきたい。
しばらく社会を見てきて知ったが、どうやら、働き続けられない人間は労働組織には不要であり、収入は途切れるだけらしい。残念ながら「私の大好きな会社」は自分を救ってはくれない。
ほかに、仕事終わりや休日への執着心が強いというのも長時間労働ができない理由だと思う。
仕事もある程度は譲れないが、私は余暇もギリギリまで楽しみたい。
ちょうど今日Panasonicの自動調理鍋がお家に届いたのだけど、楽しみにしていたこれを時間通りに受け取ったり、ポークソテーを美味しく仕上げたり、照明を落としてのんびり床でマッサージしたりたまには東京タワーまで走りに行く。そんな自分を労わる時間とか、週末にお洒落な銀座女子会ランチを決めるのも大好きな人たちとホームパーティーでボードゲームをやるアクティブな時間も捨てがたい。私の人生にぜんぶ、必要なものなのだ。
長時間働いて圧倒的な結果を残す人を見ては、かっこいいな、これが理想の姿かもしれないと思ってしまう。あんなふうに頼られたいし昇進の変化もほしいし、お金だって重要だ。
でも、人生で全部を手にするのは私の能力では不可能なんだろうと最近分かってきた。欲しいものの数が多いのに対して、のんびりしすぎているのかもしれない。やっかいである。
幸い、自分がやりたい仕事・得意なことが見えてきた2025年だった。ようやくこの道を進む覚悟もできた。
あと4ヶ月で、30歳になる。引き続き無理のない範囲で、このバランスで、私は私が叶えたい状態を追い求めていく。
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