見出し画像

エッセイを書くとき、絶対に出来事を淡々と書いてはいけない

大事なのは、どんだけ身を削れるかだと思うんですよ。

このエッセイ、要約するとそのまんま、「彼氏に振られたから転職した」だけなんだけど、そんなん淡々と書いたところで面白くないじゃないですか。

意識したのは、振られたときの惨めさ、やるせなさ、自分の空っぽ感、絶望をきちんと思い起こしてリアルに描写していくこと。

そしてその作業は、大変辛いものです。書きながら「グゥ…ッ」と胸が痛くなりました。本当にしんどかったからこそ、そのときの想いがフラッシュバックして、「もう二度とあんな思いはしたくない…」と目を潤ませながら書きました。ほんまに地獄やった。

思い出すことって痛みを伴うことだと思うんです。特に、その苦しみが大きかったものなら尚さら。でもそれを全部省いてしまうと誰にも何も伝わらないし、人の心は動かない。人の心を動かすには、自分の心の一部を曝け出さないといけないと思うの。

エッセイはディテールが大事で、目に見えたもの、音やにおい、時間の流れなどを細かく描写していくことはもちろんだけど、自分の心の機微や想いも丁寧に書いていくことで、筆者と同じ景色が見られたり、筆者と同じ気持ちになったりする。

だから、ある程度は身を削らないといけないよな〜と思うんです。

でも、削ったぶん、同じような心の傷を持った人たちが読んでくれる。それがわたしは嬉しいというか、過去の自分が救われたような気持ちになるんですよね。あ〜、しんどい経験持ってて良かったな!って。

裏を返せば、エッセイを書くことは自分を癒すことでもある。誰かを救い、自分をも救う。とても尊い創作だなと思います。

どんなに悲しい出来事があっても、身を削って書いてやろう。そのぐらいの気持ちで書いていきたい。

いいなと思ったら応援しよう!

いしかわゆき(ゆぴ) | ライター・エッセイスト サポートは牛乳ぷりん貯金しましゅ