担当者が休んだ日に、その仕事の本当の形が見える
朝、担当者から休みの連絡が入った。
急な休みではあったが、その人しかできない作業があるわけではない。
組立はできる。
検査も別の人が対応できる。
ピッキングや積み込みも、やり方を知っている人はいる。
一日くらいなら、皆で分担すれば何とかなる。
私も、そう考えていた。
実際、朝の作業は普通に始まった。
ところが、少しすると質問が増えてきた。
「次は、どの機種を作りますか」
「この部品は今日使う分ですか」
「検査が終わった製品は、どこへ置きますか」
「この不良は直すのか、別にしておくのか、どちらですか」
どれも難しい作業ではない。
それでも、一つ答えるたびに別の仕事が少し止まる。
午前中が終わる頃には、その担当者が普段何をしていたのか、少しずつ見えてきた。
作業をしていたのではない。
作業と作業の間を、ずっとつないでいた。
仕事を一覧にすると、きれいに見える
仕事を引き継ぐ時、まず担当業務を書き出す。
生産予定を確認する。
必要な部品を準備する。
抜き取り検査を行う。
完成品を移動する。
出荷の準備をする。
こうして並べれば、一つひとつは別の仕事に見える。
担当を割り振ることもできそうである。
検査はAさん。
ピッキングはBさん。
積み込みはCさん。
予定管理は責任者。
私も、作業を分ければ引き継げると思っていた。
ところが、担当者が休んだ日に困ったのは、一覧に書いた仕事そのものではなかった。
検査をいつ始めるのか。
不足品があった時、どこへ聞くのか。
完成品をどの順番で置けば、次の積み込みが楽になるのか。
予定より早く進んだ時、次の機種へ移ってよいのか。
業務と業務の間にある小さな判断が、あちこちに残っていた。
仕事を箇条書きにすると、点になる。
その人が普段行っていたのは、点と点の間に線を引くことだった。
何も起きていない時ほど、仕事は見えない
いつもの担当者がいる日は、質問がそれほど上がってこない。
必要な物が先にそろっている。
置き場所も空いている。
次の作業も、何となく皆に伝わっている。
不良が出れば、関係する人へ声をかけている。
表面上は、静かに仕事が進んでいる。
静かなので、その人が何かをしているようには見えない。
問題を解決した記録も残らない。
会議で報告するような大きな判断もしていない。
ただ、問題になる少し前に気づき、誰かへ一言伝えている。
段ボールが少なくなれば、完全になくなる前に確認する。
完成品の置き場が狭くなれば、次に何を作るかを少し変える。
部品が足りなければ、作業者が手を止める前に探し始める。
何も起きなかった一日の中には、誰かが小さく動いた結果が混ざっている。
その動きは、成功として数えられない。
起きなかった問題には、名前が付かないからである。
休んだ人の仕事が、周りの質問として現れる
担当者がいない日は、普段その人のところで止まっていた疑問が外へ出てくる。
誰に聞けばよいか分からないので、責任者のところへ集まる。
「これは、どうしますか」
「次は、どちらですか」
「ここまで終わったら、何をすればいいですか」
質問の数を見ていると、その人が抱えていた仕事の広さが分かる。
本人へ、
「普段、何をしていますか」
と聞いても、これほど細かくは出てこないと思う。
「予定を見ています」
「検査をしています」
「出荷の準備をしています」
本人にとっては、間にある声かけや確認まで含めて「いつもの仕事」だからである。
朝、製品の置き場を見ておく。
塗装品の入荷状況を気にする。
作業者の進み具合を見て、次の部材を先に出す。
一つひとつは数分なので、わざわざ担当業務とは呼ばない。
しかし、その数分がなくなると、周りの人が少しずつ迷い始める。
担当者が休んだ日に見えるのは、その人が持っていた作業ではない。
その人が普段、周りから消していた迷いなのだと思う。
私も「皆でやれば回る」と考えていた
一人の仕事を複数人へ分ければ、属人化は減る。
考え方としては間違っていない。
私も、できる人を増やし、誰かが休んでも対応できる状態にしたいと思っている。
ただ、作業だけを分けても、うまく回らないことがある。
検査を行える人はいる。
ピッキングができる人もいる。
それでも、検査結果を受けて次の予定をどう変えるかは、誰も自分の仕事だと思っていない。
一つひとつの作業は引き継がれていても、その間をつなぐ役割だけが床へ落ちる。
すると責任者が拾う。
しばらくは、それでも回る。
やがて責任者のところへ、細かな問い合わせが集まり始める。
仕事を分散したつもりが、最後の判断だけ別の一人へ移っている。
これは少し不思議だった。
荷物を複数人に分けたのに、すべての宛先確認だけ一人が持っているようなものである。
持つ人は増えている。
しかし、誰も勝手には出発できない。
休んだ人を責めても、何も見えない
担当者が不在の日に仕事が乱れると、
「きちんと引き継いでいない」
「自分しか分からない状態にしている」
という話になりやすい。
もちろん、情報を抱えたまま共有しない人もいる。
ただ、多くの場合、本人は仕事を隠しているつもりではない。
毎日、小さなことへ対応しているうちに、それが自分の役割になっただけである。
誰かに頼まれて始めたこと。
困っている人を見て手伝ったこと。
その方が早いから、自分で済ませたこと。
最初は一時的だったものが、少しずつ積み重なっている。
本人も、どこからどこまでが正式な担当なのか分からなくなる。
そのため、引き継ぎを求められても、全部は出てこない。
忘れているのではなく、仕事として数えていない。
休んだ日に困ったからといって、本人の責任だけにすると、本当の形を見失う。
なぜ、その人のところへ仕事が集まったのか。
周りは、なぜその人へ聞くようになったのか。
会社は、その便利さをどこまで当然として使ってきたのか。
そこにも理由がある。
休みは、職場を映すレントゲンのようなものかもしれない
人が休んだ日は、普段より仕事が進みにくい。
その日だけを見れば、困った一日である。
ただ、普段は見えなかったものも映る。
誰が何を知っていたのか。
どの場面で判断が止まるのか。
作業として認識されていない仕事は何か。
どの人の善意によって、問題が表に出ずに済んでいたのか。
レントゲンを撮ったから骨が折れたわけではない。
折れていたものが、見えるようになっただけである。
担当者が休んだから、仕事が弱くなったのではない。
もともと一人の中へ集まっていた仕事が、外から見える形になった。
私は最近、担当者が休んだ日に起きた質問や停滞を、単なる穴埋めとして終わらせないようにしている。
その日は、誰かがいない日ではない。
普段は一人の動きに隠れている仕事が、職場全体へ広がって見える日でもある。
仕事の本当の形は、担当者がいる時より、いない時の方が分かりやすいことがある。
何が止まったかを見ると、その人が行っていたことが見える。
誰が困ったかを見ると、その仕事がつないでいた相手が分かる。
一人休んだだけで現れた混乱は、本人の不在が作ったものではない。
その人が普段、見えないところで整えていたものなのだと思う。
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