製造業向け|有給取得に理由はいらない
有給を取る理由は、人それぞれでいいと思っている。
好きなアーティストのライブに行きたい日もある。
推しのイベントがある日もある。
楽しみにしていたゲームの発売日に、どうしても休みたい人もいるかもしれない。
子どもがいれば、学校行事もある。
急に体調を崩して、病院へ連れていかなければならないこともある。
年齢を重ねれば、親の通院や介護が入ることもある。
理由は本当にいろいろだ。
でも、そこで職場が理由の重さを比べ始めると、少し変な話になる。
ライブなら軽い。
子どもの用事なら仕方ない。
介護なら認めやすい。
ゲームはどうなのか。
そんなふうに、休みたい理由を職場が点数づけする必要はないと思っている。
有給は、理由を審査して与えるものではない。
休みたい日がある。
だから休む。
本来は、それでいいはずだ。
理由を聞かれると、少し身構える
有給を出す時に、理由を書く欄がある。
「私用のため」
本当はこれで十分なのだと思う。
ただ、職場の空気によっては、それだけでは出しにくいことがある。
忙しい時期に休む。
自分の持ち場に仕事が残っている。
その日に限って、人が少ない。
そういう状況だと、ただの私用では出しづらくなる。
本当は遊びの予定なのに、何となく濁す。
ゆっくりしたいだけなのに、別の用事があるように書く。
疲れているだけなのに、もっと立派な理由を探す。
ここまでくると、休む側が悪いことをしているような気持ちになる。
それは良い状態ではない。
人には、仕事以外の生活がある。
会社に来ている時間だけが、その人の人生ではない。
制度としても、有給は取らせる方向にある
制度として見ても、有給取得は、会社が渋るものではなくなっている。
細かい法律解説をしたいわけではないけれど、今は会社側にも、一定条件を満たす人に年5日の有給を取得させる義務がある。
つまり、有給は「できれば取らせたくないもの」ではなく、会社として取得を進めなければいけないものになっている。
もちろん、現場には段取りがある。
同じ日に何人も休めば困る。
納期が迫っていれば、調整も必要になる。
資格や経験が必要な仕事なら、代わりにできる人を探さなければならない。
だから、何の調整もいらないとは言わない。
ただ、それは「休む理由を審査する」という話ではない。
会社や管理側が考えるべきなのは、
誰が休む理由が正しいかではなく、
人が休んでも仕事をどう回すか。
そこだと思う。
一人休んだだけで崩れる職場の方が怖い
製造現場では、一人休むだけで困ることがある。
これはきれいごとでは済まない。
その人しか分からない作業がある。
その人がいないと段取りが止まる。
図面の確認、客先対応、検査、出荷判断。
いろいろな仕事が、いつの間にか特定の人に張り付いている。
そうなると、有給を取る側も気を使う。
休みたい。
でも、自分がいないと迷惑がかかる。
だったら、別の日にしよう。
今回はやめておこう。
この積み重ねで、休みにくい職場ができていく。
でも、一人休んだだけで現場が止まるなら、休む人が悪いのではなく、職場の作り方に無理があるのかもしれない。
一人くらい休んでも、何とかなる。
本当は、会社としてそのくらいの余白は持っていたい。
もちろん、全員が好き勝手に休めば現場は回らない。
そこは調整がいる。
ただ、前もって分かっている休みでさえ困るのであれば、急な体調不良や家庭の事情が出た時にはもっと困る。
有給取得は、職場の弱いところを見せることがある。
誰かが休めない仕事は、本人の責任感で守られているように見えて、実は仕組みが足りていないだけかもしれない。
フォローし合える職場は、普段から準備している
「お互い様」という言葉がある。
良い言葉だと思う。
でも、お互い様は気持ちだけでは続かない。
誰かが休むたびに、いつも同じ人が穴埋めをする。
できる人だけが負担を背負う。
休んだ人が戻ってきた時に、何となく肩身が狭い。
これでは、休む側も休みにくいし、フォローする側も疲れていく。
本当にフォローし合える職場は、普段から少しだけ準備している。
どの仕事が止まると困るのか。
代わりに見られる人はいるのか。
休む前に何を共有しておけばいいのか。
当日の優先順位は変えられるのか。
そんなことが見えている職場は強い。
人が休んだから慌てるのではなく、休むことも含めて仕事を組む。
それができれば、有給は職場を乱すものではなくなる。
むしろ、普段の仕事の渡し方や属人化に気づくきっかけになる。
休める職場は、甘い職場ではない
有給を取りやすい職場というと、甘い職場のように見られることがある。
でも、私は少し違うと思っている。
休ませるには、管理がいる。
人の配置を見る。
仕事の進み具合を見る。
止めてはいけない作業を押さえる。
無理なら、どこを後回しにするか決める。
ただ「休んでいいよ」と言うだけでは足りない。
休んでも何とかなるように、普段から仕事を見える形にしておく。
それは甘さではなく、管理の仕事だと思う。
休めない職場は、頑張っているように見えるかもしれない。
でも、長い目で見ると危ない。
誰かが倒れたら止まる。
家庭の事情に対応できない。
若い人が続かない。
疲れている人ほど、休むと言えなくなる。
そういう職場は、見た目よりもずっと弱い。
頑張りたいと思える環境を整える
人は、休みたい時に休めるからこそ、また頑張れることがある。
自分の生活を大事にしてもらえている。
必要な時に休んでも、責められない。
職場が何とか回るように考えてくれている。
そう感じられるだけで、仕事への気持ちは変わる。
反対に、休むたびに申し訳なさを感じる職場では、少しずつ気持ちが削られていく。
迷惑をかけてはいけない。
自分が抜けたら回らない。
休みたいと言うだけで、空気が悪くなる。
これでは、個人の頑張りに頼りすぎている。
もちろん、周りへの配慮はいらないと言っているわけではない。
早めに伝えられるなら、早めに伝えた方がいい。
休む前に引き継げることがあれば、共有しておいた方がいい。
自分が休んだことで困らないようにする姿勢も大事だ。
でも、それと「休む理由を審査されること」は別だ。
有給を取る理由に、立派さはいらない。
ライブでもいい。
子どもの行事でもいい。
親の用事でもいい。
体を休めるだけでもいい。
何もしない日があってもいい。
理由を細かく聞くより、休める職場にしておく。
その方が、働く人にとっても、会社にとっても健全だと思う。
一人くらい休んでも大丈夫な会社へ
一人くらい休んでも大丈夫。
そう言える職場は、人を大事にしているだけではない。
仕事を一人に預けっぱなしにしていない。
誰かの責任感だけに頼っていない。
普段から、少しずつフォローできる形を作っている。
そういう職場は強い。
有給取得を進めるというのは、単に休みを増やす話ではない。
個人個人が、また頑張りたいと思える環境を整えることだと思う。
仕事は大事だ。
でも、仕事だけで人は生きていない。
休みたい日がある。
大事にしたい予定がある。
少し離れた方が、また前向きに働ける日もある。
有給取得に理由はいらない。
本当に見るべきなのは、休む理由ではなく、休んでも支え合える職場になっているかどうか。
そこではないかと思う。
関連記事
Kindle導線
現場を誰か一人の頑張りだけで回さず、責任や仕事の偏りを整理する考え方はこちらにまとめています。
自己紹介
書いている人についてはこちらにまとめています。
