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製造業向け|「できる人に聞けば早い」で、教育が止まることもある。

現場で分からないことがあると、よく出てくる言葉がある。

「あの人に聞けば早い」

これは、たしかに早い。

図面の見方。
部品の置き場。
過去に一度だけやった仕様。
棚卸しの数え方。
出荷前に気をつけること。
客先ごとの細かい癖。

詳しい人に聞けば、すぐ答えが返ってくる。

忙しい時ほど助かる。
納期が迫っている時ほど、正しい。
誰も分からないまま止まるより、知っている人に聞いた方がいい。

それは間違っていない。

ただ、最近は少し引っかかる。

「あの人に聞けば早い」で済ませているうちに、教育が進んだ気になっているだけではないか。

聞いた人は、何を覚えたのか

できる人に聞くと、その場は動く。

止まっていた作業が進む。
探していた部品が見つかる。
判断に迷っていたものが決まる。
間違えそうだったところで止まれる。

これだけ見ると、良いことしかない。

でも、そこで一度立ち止まる。

聞いた人は、何を覚えたのだろうか。

答えを覚えたのか。
判断の仕方を覚えたのか。
どこを見れば分かるのかを覚えたのか。
それとも、「次もあの人に聞けばいい」と覚えただけなのか。

ここが大きい。

現場では、答えだけが渡って終わることが多い。

「それはこっち」
「この部品はそこ」
「この場合は先に出して」
「その客先は前にもあったから、こうして」

言われた側は助かる。
でも、なぜそうするのかまでは残らない。

次に似たことが起きても、また同じ人に聞く。

こうなると、教育ではなく、案内所になってしまう。

できる人がいるほど、仕組みを作らなくなる

できる人がいる職場は強い。

困った時に助けてくれる人がいる。
過去のことを覚えている人がいる。
図面だけでは分からないところを拾える人がいる。
危ない仕事を先に止められる人がいる。

これは本当にありがたい。

ただ、便利すぎると、職場はその人に寄りかかる。

手順書を作らなくても、その人が知っている。
置き場を整理しなくても、その人に聞けば分かる。
判断基準を決めなくても、その人が見れば分かる。
新人に細かく教えなくても、困った時にその人がフォローする。

一見、うまく回っているように見える。

でも実際には、できる人の頭の中に仕事をしまっているだけだ。

倉庫なら在庫表がある。
材料なら置き場がある。
図面なら最新版を管理する。

なのに、仕事のやり方だけは、なぜか人の記憶に置いてしまう。

しかも、その人はだいたい忙しい。

「同じ人がやった方が早い」は、本当に早い

現場では、同じ人がやった方が早い仕事がたくさんある。

慣れている。
探さない。
迷わない。
手戻りも少ない。

特に出荷や棚卸し、スケジュールを含む仕事は、外から見るより判断が多い。

単純に見える作業でも、順番を間違えると後ろが詰まる。
先に出すもの、後でよいもの、今日触らない方がよいものがある。
数えれば終わりに見える仕事でも、どこまでを在庫と見るかで結果が変わる。

だから、できる人に任せた方が早い。

これは現場にいると、痛いほど分かる。

ただ、その早さに頼りすぎると、いつまでも次の人が育たない。

教えると遅い。
説明すると手間がかかる。
見せながらやると自分の作業が止まる。
結局、自分でやった方が早い。

そうやって何年も過ぎる。

そしてある日、その人が休む。
異動する。
辞める。
体調を崩す。
定年が近づく。

その時になって、職場は慌てる。

「誰か分かる人はいないのか」

分かる人を作ってこなかったのに、急に探し始める。

聞かれる人も、少しずつ削られる

できる人に聞けば早い。

そう言われる側は、たぶん最初は助ける。

困っているなら教える。
止まっているなら見る。
間違えそうなら先に言う。

現場では、そうしないと仕事が進まない。

ただ、それが毎日になると少し変わってくる。

自分の仕事をしていても呼ばれる。
考えている途中で止められる。
何度も同じことを聞かれる。
説明したはずのことが残っていない。
聞いた人ではなく、答えた人が責任を持つようになる。

こうなると、できる人は便利な人になる。

便利な人は、だんだん職場の共有物みたいに扱われる。

あの人なら分かる。
あの人なら何とかする。
あの人に聞けばいい。

言っている側に悪気はないと思う。
でも、聞かれる側からすれば、自分の持ち場がどんどん薄くなる。

自分が本来やるべき仕事より、誰かの穴埋めに時間を使う。
しかも、その穴はなかなか塞がらない。

聞くことが悪いのではない

ここを間違えたくない。

分からない時に聞くことは大事だと思う。

勝手に判断して失敗するより、先に確認した方がいい。
分からないまま進めるより、止まって聞いた方が安全なことも多い。

問題は、聞いた後に何も残らないことだ。

聞いて終わり。
答えて終わり。
次もまた同じ人に聞く。

これが続くと、職場は少しずつ弱くなる。

聞くなら、次に自分で近づける聞き方にした方がいい。

「これはどうすればいいですか」だけでなく、
「次はどこを見れば分かりますか」
「何を確認してから聞けばいいですか」
「これは記録に残しておいた方がいいですか」

その一言があるだけで、少し違う。

教える側も同じだと思う。

答えだけ返すのではなく、少しだけ道筋を残す。

「これは前回この仕様だったから」
「置き場は変わるから、表を見る方がいい」
「迷ったら先に数量を見る」
「この客先は梱包条件が変わりやすい」

全部を丁寧に説明する必要はない。

でも、答えの横に小さな理由を置く。
それだけでも、次に同じ場所で止まりにくくなる。

教育は、できる人を増やすことではなく、止まる場所を減らすことかもしれない

教育というと、人を一人前にする話になりやすい。

もちろん、それも大事だ。

でも現場で考えると、もう少し地味な話でもある。

同じことで毎回止まらない。
同じ人に毎回聞かなくて済む。
休んだ人がいても、最低限は回る。
新人が何を見るべきか分かる。
ベテランの頭の中にしかないものを、少しずつ外に出す。

これも教育だと思う。

立派な研修を作ることだけが教育ではない。
誰かの記憶に入っている仕事を、少しずつ職場のものにすること。

そこが進まないと、できる人に聞けば早い職場のままになる。

そして、その早さはその人がいる時だけの早さだ。

“聞けば早い”の先に、何を残すか

現場では、きれいごとだけでは回らない。

忙しい時は、できる人に聞く。
急ぎの時は、詳しい人に判断してもらう。
納期が迫っていれば、教えるより先に終わらせる。

そういう日もある。

ただ、それが当たり前になりすぎると危ない。

聞いたことを一行だけ残す。
写真を一枚残す。
置き場に表示を足す。
次に確認する場所を決める。
新人に見せる順番を少し変える。

そのくらいでもいい。

完璧な標準化を目指すと重い。
でも、何も残さなければ、また同じ人に戻る。

できる人に聞けば早い。

その通りだと思う。

ただ、その早さで今日を乗り切ったなら、明日も同じ場所で止まらないように、何か一つ残しておきたい。

聞くことを教育に変えるか。
ただの呼び出しで終わらせるか。

その差が、少しずつ職場の強さに出てくるのだと思う。


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