製造業向け|指示待ち人間は、現場から生まれる
現場で誰かを見て、こう感じることがあります。
「あの人は指示しないと動かないな」
こちらが声をかけるまで次に進まない。
少し考えれば分かりそうなことも、止まったままになる。
毎回こちらが指示しないと、仕事が前へ進まない。
人に仕事を任せる立場になると、正直もどかしいです。
私も、人に作業を任せる立場になってから、何度も同じような場面を見てきました。
こちらが声をかけるまで動かない人を見ると、最初はどうしても、
「もう少し自分で考えてくれ」
と思います。
現場は待ってくれません。
自分の仕事もある。
納期もある。
次の段取りも見なければならない。
後ろの工程も詰まってくる。
だから、ある程度は自分で考えて動いてほしい。
その気持ちはあります。
ただ、最近は少し見方が変わりました。
その人は、本当に最初から指示待ちだったのか。
それとも、考えて動こうとした時に、現場のどこかで止められてきたのか。
ここを見ないまま「指示待ち人間」と言ってしまうと、職場が作った姿を、本人だけの問題にしてしまうことがあります。
動こうとした人が止められる
現場では、最初に止めなければいけないことがあります。
新人や経験の浅い人が、いきなり自分の判断で動けば危ないです。
寸法を勝手に変えられても困る。
材料を自己判断で使われても困る。
安全に関わる作業を、独自のやり方で進められても困る。
だから、
「勝手にやらないで」
「まずは言われた通りにやって」
「分からなかったら聞いて」
これは必要です。
問題は、そのあとです。
良かれと思って少し手を出した人に、
「今それはやらなくていい」
と返す。
やりにくそうだったので工夫しようとした人に、
「勝手なことをしないで」
と止める。
少し違和感を口にした人に、
「余計なことは考えなくていい」
と流す。
教える側からすれば、理由はあります。
今は順番を覚えてほしい。
まず基本を守ってほしい。
勝手な判断で失敗してほしくない。
それは分かります。
でも、受け取る側には別の形で残ることがあります。
考えたら怒られる。
気づいても面倒になる。
動かない方が安全。
そう覚えてしまうのです。
そして、少しずつ動かなくなる。
怒られないために、動かない。
面倒にならないために、黙る。
余計な責任を背負わないために、気づかなかったことにする。
これをあとから見て、
「指示待ち人間だ」
と言ってしまう。
ここに、現場の怖さがあると思います。
人は、怒られない動き方を覚える
人は、褒められたことより、怒られたことをよく覚えます。
一度やって怒られたことは、次からやらない。
これは子どもっぽい話ではなく、大人でも同じです。
「そこまでやらなくていい」と言われたことは、次からやらない。
「勝手に判断するな」と言われたことは、次から判断しない。
「余計なことを言うな」と受け取ったことは、次から言わない。
職場の中で、人はそうやって自分の動きを調整していきます。
私自身も、人に任せる立場になってから、この怖さを感じるようになりました。
こちらは軽く言ったつもりでも、言われた側には強く残ることがあります。
「今回はそれをしなくていい」
ただそれだけのつもりだった言葉が、相手には
「余計なことをするな」
として残ることがある。
「そこは勝手に判断しないで」
それも現場では必要な言葉です。
でも、そのあとに理由を伝えなければ、相手には
「考えない方がいい」
と残ることがあります。
最初は小さな変化です。
少し気になっても黙る。
少しやりにくくても言わない。
少しおかしいと思っても、言われた範囲だけ終わらせる。
そのうち、それが普通になる。
周りから見ると、何も考えていないように見えます。
でも本人の中では、何も考えていないわけではない場合があります。
考えた結果、言わない。
気づいた結果、動かない。
経験した結果、余計なことをしない。
これは、本人の能力不足だけで片づけるには少し乱暴です。
指示待ちは、静かに作られる
指示待ちは、派手に生まれるものではありません。
大きな事件があって、突然そうなるわけでもありません。
小さな経験の積み重ねで、静かに作られていきます。
聞いた時に、面倒そうな顔をされた。
動いた時に、止められた。
気づいたことを言った時に、流された。
やらなかった時だけ怒られた。
でも、どう動けばよかったのかは教えられなかった。
こういうことが続くと、人は余計なことをしなくなります。
もちろん、本人にも努力は必要です。
いつまでも受け身でいいわけではありません。
言われたことだけやっていればいい、で止まってしまう人もいます。
ただ、職場側も見なければいけないと思います。
その人は、本当に何も考えなかったのか。
それとも、考えたことを出せない場所にいたのか。
ここを見ないと、指示待ちという言葉だけで片づけてしまいます。
そして、片づけられた側はまた黙ります。
これでは何も変わりません。
報告しないことまで、職場のせいにはできない
ただし指示待ちになる背景を考える事と、何も報告しなくていい事は別です。
ここは分けて考えた方がいいと思います。
作業が終わったなら、まず報告する。
次に何をすればいいか分からないなら、聞く。
途中で止まっているなら、止まっている理由を伝える。
これは、任された側の最低限の自覚です。
現場では、誰か一人の動きをずっと見ていることはできません。
こちらにも自分の仕事があります。
次の段取りもあります。
他の人からも呼ばれます。
何も言わずに止まっていると、周りは分かりません。
まだ作業中なのか。
終わっているのか。
迷っているのか。
ただ待っているだけなのか。
そこが見えない。
だから、報告しないことまで
「職場がそうさせた」
と片づけるのは違います。
指示待ちが生まれる背景には、職場の止め方や返し方がある。
でも、終わったら報告する。
分からなければ聞く。
止まるなら理由を伝える。
ここは本人が持つべき仕事の基本です。
「指示待ち人間は現場から生まれる」と言っても、本人の自覚が不要になるわけではありません。
職場側の問題と、本人側の基本動作。
この二つを混ぜると、話がぼやけます。
指示待ちになる背景は、現場が作っていることがある。
報告しないことは、本人が直すべきことでもある。
ここは分けて見た方がいいと思います。
黙ることを覚えた人は、扱いやすく見える
余計なことを言わない人は、最初は扱いやすく見えます。
言われたことはやる。
勝手なことはしない。
自分から口を出さない。
余計な判断をしない。
現場が静かになります。
ただ、その静けさが良い状態とは限りません。
本当に納得しているから黙っているのか。
それとも、言っても仕方ないと覚えたから黙っているのか。
ここはかなり違います。
黙っている人は、何も考えていないように見えます。
でも、過去に何度か考えたことがあったかもしれません。
気づいたことを言った。
工夫しようとした。
少し先を見て動こうとした。
そのたびに止められた。
そうなると、次からは言わなくなります。
黙ることは、本人にとって一番安全な働き方になる。
そして、職場はその人を見て言います。
「もっと考えて動いてほしい」
これは、かなり矛盾した話です。
考えて動こうとした時に止めておいて、動かなくなったら「考えろ」と言う。
もちろん、教える側にも事情はあります。
勝手にやられて困った経験もある。
失敗を防ぎたい気持ちもある。
忙しくて、ひとつひとつ理由まで説明できない時もある。
それでも、相手が黙るようになったなら、そこには何かしらの理由があります。
ただ「指示待ち」と呼ぶだけでは、その理由は見えません。
「勝手にやるな」は必要。でも、それだけでは足りない
「勝手にやるな」と言うこと自体は、悪いことではありません。
現場では必要です。
仕様を勝手に変えられたら困ります。
寸法を自己判断で変えられたら大問題です。
安全に関わる作業を独自のやり方で進められたら危ない。
止めるべきところは、きちんと止める必要があります。
ただ、止めたあとに何を残すかが大事です。
「それはダメ」で終わるのか。
「今回はここが危ないから止めた」と伝えるのか。
「気づいたこと自体は悪くない」と返すのか。
ここで、人の次の動きは変わります。
ただ止められた人は、次から動きません。
理由が分かった人は、次に別の形で考えられるかもしれません。
同じ「止める」でも、残るものが違います。
止め方によって、人は黙ることもある。
止め方によって、人は次に見る場所を覚えることもある。
だから、教える側の返し方は軽く見ない方がいいと思います。
防衛反応としての指示待ち
指示待ちというと、やる気がない人のように見えます。
でも、現場では防衛反応として指示待ちになっている人もいます。
勝手に動いて怒られた。
確認して嫌な顔をされた。
気づいたことを言って面倒な空気になった。
そういう経験がある人は、次から安全な方を選びます。
何も言わない。
言われるまで待つ。
余計なことをしない。
それは、会社に反抗しているわけではありません。
むしろ逆です。
怒られないように、職場に合わせている。
その結果として、動かない人に見える。
ここを見ないと、指示待ちを本人の問題だけにしてしまいます。
本人を責めるのは簡単です。
でも、それだけでは変わりません。
その人が黙るようになった理由。
動かない方が安全だと覚えた背景。
考えたことを出せなくなった空気。
そこまで見ないと、同じような人はまた生まれます。
指示待ち人間は、現場から生まれる
指示待ち人間は、本人の性格だけで生まれるとは限りません。
現場の中で作られていくことがあります。
考えた時に止められる。
言った時に流される。
動いた時に怒られる。
黙った時だけ何も起きない。
この積み重ねで、人は黙ることを覚えます。
そして、黙っている人を見て、
「指示待ち人間だ」と言う。
でも、その人は最初からそうだったのでしょうか。
考えようとしたことはなかったのか。
動こうとしたことはなかったのか。
気づいたことを言おうとしたことはなかったのか。
そこを見ないまま本人だけを責めても、同じことはまた起きます。
人は、言われた通りに育ちます。
そして、止められた通りにも育ちます。
ただし、報告しないことまで現場のせいにはできません。
終わったら報告する。
分からなければ聞く。
止まるなら理由を伝える。
そこは本人が持つべき仕事の基本です。
だからこそ、分けて見た方がいい。
指示待ちが生まれる背景は、現場が作っていることがある。
報告しないことは、本人の自覚として直すべきことでもある。
この二つを混ぜずに見る。
「指示待ち人間」と言う前に、現場が止めてきたことはなかったか。
そして、任された側も、黙って止まるのではなく、まずは報告できているか。
そこを見直すことから、教育は始まるのだと思います。
関連して読んでいただきたい記事
今回の記事と近いテーマとして、過去に書いた記事もあわせて読んでいただけると、より伝わりやすいと思います。
製造業向け|なぜ新人は質問しなくなるのか|前にも教えたよねが現場に残す怖さ
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製造業向け|なぜ新人は育たないのか|教えない現場ではなく“教えられない現場”の正体
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新人が最初に理解すべきこと― 第一印象は“入口”であり、仕事は“人”で決まる ―
https://note.com/millennium_bird/n/ndef89cbe0bc6
関連して読んでいただきたい本
現場で人を育てること、考えて動ける人を増やすことは、精神論だけでは続きません。
教える側が疲弊しないためにも、仕事の渡し方や判断基準を整理しておく必要があります。
そのあたりをもう少し体系的にまとめたものとして、Kindleで
『現場リーダーが疲弊しないための工場マネジメント入門』
を書いています。
現場リーダー、教育係、管理する立場で悩んでいる方に向けた内容です。
自己紹介
現場で感じたこと、工場で起きる違和感、数字や記録で現場を守る考え方を少しずつ書いています。
