なぜか見つかる
かねてから、たまに起きる謎の現象がある。
子どもが学校に行っている間に、新しい本を本棚にそっと差し込む。
特に目立つ場所でもなく、その時どきの隙間に紛れ込ませるだけだ。
それなのに、帰宅した息子は、ものの数分でその本を抜き取る。
迷う様子もなく、その本にだけ手を伸ばす。
「読んでいい?」と聞いたり、すぐに中身に反応したりする。
本が増えたことも、その本の存在も、事前には何も伝えていない。
毎日くまなく本棚を確認している様子もない。
それでも、必ず見つける。
「探す」という過程を、どこかで飛び越えている。
どうしてだろう、と考えてみる。
頭で記憶しているというより、本棚の景色そのものが、身体に染み込んでいるのかもしれない。
わずかな変化が生まれたとき、探そうとするより先に、すっと浮かび上がってくる。
その変化から、目が離せなくなる。
きっと、「見つける」というより、
浮かび上がったものに、手が追いついている。
うまく説明はできない。
けれど、なぜか見つかる。
“探していないのに見つける”ことがある。
ビーチコーミングで陶片を見つけるときの感覚にも、よく似ている。
あの砂浜で感じていたことに、どこか近い気がした。
この感覚に近いものを、別の場所でも感じていました。よろしければ、こちらも。
