見出し画像

冷蔵庫の内側にいる子


わが家の冷蔵庫を開けると、ドアポケットに一羽の鶏がいる。
数年前、サンドイッチの箱か何かについていた、なんてことのないシールだ。

ふと手が止まり、捨てる方には向かなかった。
そのままの流れで「えいっと」居場所をつくってから、気づけば何年もそこにいる。


冷蔵庫を開けるたび、目が合う日もあれば、
景色に溶け込んで意識すらしない日もある。

他にもいくつかシールは貼ってあるけれど、
むやみやたらに増やしたいわけじゃない。
「この子は冷蔵庫に」と、私の身体が選んだ子だけが、そこにいる。



一方、冷蔵庫の外側は、もう少し賑やかだ。
ずっと飾っているお気に入りのポストカードや、季節を連れてくる写真、最近仲間入りしたマグネット。



ここにも、私なりの置き方があったはずなのに、
外側は子どもたちの遊び場のようになっている。
気づくとマグネットの位置を変えている。

さっきまでの並びが、次に見ると少しだけ違う。
あの「パチン」とつく感じや、しっくりくる角度を、確かめているのかもしれない。


私がつくっていたはずの景色が、子どもたちの手によって、静かに変わっていく。
その重なりが、いまのわが家のリズムになっている気がする。



そういえば、実家の冷蔵庫には、私が幼稚園で作ったタオル掛けが、ずっと貼ってあった。
子どもの頃は、「新しいものに替えればいいのに」と思っていたけれど、いまは少しだけ違って見える。

言葉にしなくても、母の感覚に触れている気がする。あの場所に残っていたものが、いまになって、少しだけわかる。

台所を眺めるのは、おもしろい。
きちんと整えたつもりの場所と、知らないうちに変わっていく場所が、同じ空間にある。

誰かに見せるためではない、それぞれの手触りでできた居心地が、そこにある。


ドアポケットの鶏がいつからそこにいるのか、
数年前だったはずなのに、もうはっきりとは思い出せない。
けれど、そこにあることだけは、すっかり当たり前になっている。



このあたりの話も、どこかでつながっている気がしています。

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集