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触れないまま、置いておく

台所で子どもと並んで本を開いているとき、
ふと、胸に小さな引っかかりが生まれた。

近頃、「読み聞かせ」という言葉に、どうにも言えない違和感を抱いている。

もちろん、本来はもっと豊かなものであることは分かっている。  ただ、それを口にすると、どこか少しだけ構えてしまう。

私が読み、相手に何かを届けようとする。  
そんなふうに、ほんのわずかに力が入る気がするのだ。

けれど、それを「一緒に読む」と言い換えた途端、心はふっと軽くなる。  やっていることは同じはずなのに、響きが変わる。

同じページをめくり、同じ時間を過ごしながら、 それぞれが、それぞれのかたちで受け取っている。

その在り方のほうが、私にはしっくりくる。

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宿題の作文を前にして、息子はよく「何を書けばいい?」と聞いてくる。  
「思ったことを書けばいいんだよ」と答えるたびに、なぜか喧嘩が始まる。

この一文を、こう変えたらいい。  
もう少し具体的に書いたほうがいい。  
頭の中では、いくつも手直しの言葉が浮かんでくる。

それでも、言葉にしようとした瞬間、  
何かが少しだけ遠のく気がして、口をつぐむ。

こっそり覗いたノートには、  
「〇〇へ行きました。楽しかったです。」  
という文が、等間隔に並んでいた。

間違いではないし、きちんと書かれている。  
けれど、どこかまだ、言葉の手前にいるようにも感じられた。

ここで手を入れれば、整えることはできる。  
けれどそれは、私の言葉で彼の中をなぞることにもなる。

そう思って、何も言わずにノートを閉じた。


触れないまま、置いておく。  
そのほうが、残るものがある気がした。

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学期末に持ち帰った、学校での作文を見て、
思わず手が止まった。

そこには、宿題のときには見せなかった、瑞々しく、剥き出しの言葉が並んでいた。

学校のプールでトンボを見かけたときの一文
釣りの最中に、イチョウの葉を見かけたときの一文


それは、何かをうまく書こうとしたというより、  
ふと動いたものに、言葉があとからついてきたような文章だった。

何も足さず、何も飾らないその一文には、
触れると消えてしまいそうな、かすかな気配があった。

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最近、息子が何気ない会話の中で「手触り」という言葉を使った。

少し背伸びをしたようでいて、けれど、その場の空気にぴたりと馴染んでいた。

どこで覚えたのかは分からない。  
けれどそれは、教えられたというより、  
何かに触れたときに、なぜか出てきた言葉のように感じられた。

それを聞いたとき、少しだけ、うれしかった。

私の大切にしている感覚と、彼の中で生まれた言葉が、目に見えないところでそっと重なった気がして、静かな喜びが込み上げた。

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「一緒に読む」に感じたときのあの軽さと、  
息子の中からふと現れた言葉は、  
どこか同じ質感を帯びているように思える。


言葉は、思い通りにしようとすると、少し遠のいてしまう。  
けれど、触れないままにしておくと、  
なぜか、ふとした瞬間に立ち上がってくる。


その在り方が、いまも静かに残っている。


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