四百円の鍋島焼と、四葉のクローバー
すり減った心が選んだもの
旅行に出る前、ずいぶんと心をすり減らしていた。人の集まりの中で気を張り続けるうちに、神経ごと疲れてしまっていたのだと思う。
自分のペースを見失い、自己肯定感も、静かに沈んでいった。
「なるべく五感を大切にしよう」
そう決めて、旅に出た。
旅先では、これまで綴ってきたような、愛おしいものたちにいくつも出会った。
包装紙や焼きもの、カップ酒、そして、あのムツゴロウの箸置き。
ひとつひとつが、すり減った心に、そっと触れてくる。
書くことを通して、「自分が何に目を留めるのか」を、少しずつ言葉にしてきた。
そのせいかもしれない。
吸い寄せられるように立ち寄った道の駅で、
迷うことなく、手がのびる。
「これだ」と思えるものを、ためらわずに選べた。
直感が選んだ完璧な針山
移動は少なめにして、温泉に浸かりたい。そんな願いから、今回も目的地は自然と佐賀県になった。
最初に訪れたのは、祐徳稲荷神社。
門前には歴史を感じる土産物屋が並び、観光地らしい品物がたくさんあった。

「のごみ人形」に少し心を惹かれつつも、不思議と何も買わなかった。
境内では、建物の装飾がやけに目についた。何かを探すというより、ただ眺めていた時間だった。
そのとき、ふと足元に目が留まった。

神社を後にし、海の方へ車を走らせる。
道中、いくつかの道の駅に立ち寄った。
道の駅 鹿島
道の駅 太良
どちらの棚にも、ムツゴロウの箸置きがちょこんと並んでいた。やはりここは、有明海の町なのだ。干潟の生きものが、当たり前のように暮らしの道具に溶け込んでいる。
わが家にはいないタイプの子をじっくり吟味し、連れて帰ることに決めた。
そして、道の駅 太良の地場産品コーナーで、
ある「針山」に出会った。白い磁器に、青い線で描かれた唐子。その上に、ちょこんと赤い布の針山が乗っている。
趣味のビーチコーミングでも、陶片に描かれた唐子のモチーフを無意識に探してしまう癖がある。だから見つけた瞬間、目が釘付けになった。
手に取って裏返すと、そこには「鍋島」の文字。
この頃、焼き物のことを調べていた私にとって、それは決定打だった。
唐子。鍋島。四百円。しかも針山。
これ以上ないほど完璧な出会いだった。
おばあちゃんになるまで使い続けたい、小さな宝物ができた。

縁のデザインも気に入った。
▽ その後、海でも思いがけず唐子柄に出会うことになる。
偶然のプレゼントと、旅の刻印
宿の目の前は海だった。夕暮れ時、親が釣り糸を垂らし、その傍らで、子どもは小さな公園で遊んでいた。
しばらくして、こちらへ走ってくる気配。
「お母さん、プレゼント」
小さな手のひらにあったのは、四葉のクローバーだった。
存在は知っていても、本当に見つけるまでは「実在しないもの」だと思っていたらしい。
折れないように、大切に、神社で買ったお守りの紙袋にそっと挟み込んだ。

「お母さん、これ」と子どもが教えてくれた。
旅の終わりに、太良の町で一枚の絵はがきを買った。有明海の中に立つ、大魚神社の海中鳥居が描かれた風景。
自宅宛てなのでそのまま持ち帰ることもできたが、あえて町のポストに投函することにした。
帰り道に寄った道の駅 山内でも、やはりムツゴロウの箸置きが並んでいた。


店や駅の扉など、人の行き来する境目に
陶磁器が息づく。佐賀ならではの風景。

蛸唐草の途切れなさに惹かれた
数日後に届くはがきは、きっとあの町を通ってやってくる。旅の時間を刻んだ消印が押されて届くのが、いまから待ち遠しい。
旅先では、思いがけないものに目が留まる。
それらはもう、わが家の定位置に静かに収まっている。
見るたびに、心が少しずつ満たされていく。
▽ 包装紙のことが好きで、以前こんな記事も書きました。
