人生はレモンスカッシュ【せりふ三題噺 / 新幹線花びらレモンスカッシュ】
「メイメイの言葉に救われました!」
「いつもありがとう」
「感謝のギフト、受け取ってほしいです」
そんな顔の見えない人たちの言葉であふれる世界で生きて、早数年。ちらつく画面を薄目で見ながら、私は向こう側の景色を想像する。
ありがとう。ありがとう。私は声に出しても言うし、心でも唱える。人とのつながりや、感謝を忘れてはいけない。
それはある種、自分にかけた呪いのようなものでもあった。置かれている環境が当たり前になってしまえば、人はすぐ墜ちていくことを知っていた。短い社会人経験や部活やバイト。とにかく手に入った教訓は、拾って育てて生かさないと気が済まない性分だった。
メッセージと一緒に、色とりどりのチャットが流れる。視聴者による、投げ銭だ。この文化も、世間が許容するまで少々時間がかかったように思う。
投げ銭について、いつも考えることがある。
このお金は、「対価として支払われている」のか。それとも、「これからの期待を込めて支払われている」のか。答えは無論、両方だろう。
けれど、新幹線の乗車券と特急券のように、明確に分かれているわけでもないから、どこにその境界があるのかは、いつも曖昧だった。
画面の中の私は、巫女衣装を身にまとっていて。透き通る肌に大きな瞳、二十歳そこそこの姿をしている。徐々に人気を獲得していくことができたのは、視聴者の心の奥底をやさしくすくい取るような、そんな発言の数々だと評されていた。
けれど私は、もともと感情が反射的に出る方だった。「最初」はそれで、大失敗した。視聴者に言った一言で、配信は大荒れ。そこから、余計なことを言わないようになった。今の令和の時代じゃ、ワンナウトで業界追放ともなりかねない。
そして、数百人規模のフォロワーをかかえるようになった「第二」のアカウント。
少し有名な配信者に声をかけられて、コラボの誘いに乗ったのがいけなかった。向こうのファンに絡まれて、徹底的に叩かれた。二度目はそれで、アカウントを消した。自分の態度で、ファンの質が変わることを知ったのもこのころだ。次はやさしく、丁寧に、自分を偽ってでも演じ切らないと。そう心に刻み込んだ。
そうして、何度か転生を繰り返して、今に至っている。もう一花だけでも咲かせよう、という気持ちで、ずっとしがみついてきた。
喉に貼った湿布は、朝になると剥がれていた。振込通知の数字から、税金と人件費と機材代を引くと、笑えるほど残らない。炎上回避のために神経は摩耗して、これで自分自身、人生うまくいっていると言えるのかという自問と毎日戦う。
今回のVtuberのアバター名を本名に近いものにしたのは、不退転の覚悟だった。結果それでようやく、「成功」と呼べる位置に片手が引っかかる程度まで、たどり着けている。
ニコ生時代からの積み上げの時期も入れると、何年配信やってんだって感じ。コメントが数人でも喋っていた夜。見返りなんかなくても続けていた時代。
チャット欄には「メイメイそのネタ古いって」「選曲が親世代なんよ」と流れる。私は笑って受け流すし、誰も本気では暴こうとしない。そんな暗黙の了解が、心苦しくもあり、心安くもあった。
あるとき、ひとりの視聴者にメッセージをもらう。
「あの映画、見ました? 配信者業界を扱っていて、感動しますよ!」
映画のタイトルは耳にしていた。
ふうん。評判いいんだ。映画館行って、見てみようか。感想会も、気を遣うから本音で言えば乗り気ではないが、配信ネタにはもってこいだ。
「へえ~、ちょっと興味ある。でも時間とれるかなあ。」
このころには、ほぼ観ようと決めていたと思う。しかし「絶対行く」、なんて言ってはいけない。期待を持たせて裏切れば、嘘つきのレッテルだけが残るからだ。
* * *
レモンスカッシュとポップコーンを購入して、席に着く。レモンスカッシュは、氷抜き。舞台の演者が、声帯を冷やさないよう氷入りの飲料は飲まないと聞いてから、それを実践している。
高尚な心意気に、我ながら少し笑ってしまう。本音では、薄まるのが嫌いだから、というのもあったと思う。いつしか劇場内は暗くなり、私はスクリーンに視線を投げた。
──なんだこれ。ひどすぎる。
それが、映画が終わってからの感想だった。
配信者になる決意をする主人公。その超人的な才能で、二千人、一万人と急増していく数字。私が伸び悩んで苦労していた過程は、冒頭の二十分ですっとばされていった。
視聴者からもらった金を、湯水のように溶かし、笑う主人公。応援するファンのことを、配信者仲間とともに、気持ち悪いと断ずるシーンまであった。
キャラに感情移入できないだけではとどまらなかった。そもそも、生きている感じがしない。キャラクターは、主人公がサクセスストーリーを生み出すための装置でしかなかった。
人物の生きざまでテーマが浮かび上がるのではなく、キャラ自体がテーマをべらべらとしゃべってしまっている。
チープでご都合主義な、感動の安売り。
名前のよく知られた監督の映画だった。その監督が、スクリーンの上からキャラクターを糸で操る姿がずっと丸見えになっているような。そんな映画だった。
──これで、評判いいって?
客席のざわめきは、いかにも心を奪われているかのようで、その音は、いやに遠かった。
……でも。そうかもしれない。
ぱっと成功して、うまくいく業界であった方が、配信業は夢を与えられる。手頃に感動できて、身近に感じさせておいた方が、都合がいいんだ。結局作り手にとっても、視聴者にとっても。
手元のレモンスカッシュは、半分くらい残っていた。これなら今よりも炭酸が抜ける前に、飲んでおいてもよかったかもしれない。カップを持つ自分の指は、ネイルが少し剥げかかっていた。
視聴者の声を思い出す。
アンチもいるけど、私は心を殺してコメントに目を通している。誹謗中傷でなく、本当に自分のためになるアドバイスが落ちていることもままあるからだ。
まともな神経では、やっていけない商売だと思う。何回か病んで、何年も前に吹っ切れているからこそ、折り合いをつけてやっていけてるけど、私みたいなのはきっと稀だ。
私に感謝してくれている人。「心が救われた」と言ってくれる人。でも、きっと私を救っているのも、視聴者でありファンのみんなだ。そうじゃないのかもしれないけど、私はそう思いたい。
けれど、眼前のスクリーンに映された「私のいる業界」には、それがなかった。
* * *
映画館を出て帰路につくころ。マネージャーから入っていた連絡を確認する。
「今日、映画行ったの? どうだった。」
私は、こう返した。
「……行ってませんね。」
この人にとっても、どうせ私は叶メイリでしかない。「中の人」である私には興味なんてないんだから。
それでも。
暗くて、地味で、長い道でも。
壊れそうになっても、私は人を励ます立場でいたい。ある夜、配信で言った自分の言葉を私は思い出していた。
「一歩って、成功しなくてもいいんだよ。」
私の咲かせたかった花が、今のかたちで正しいものなのかはわからない。それでも、まだ花びらの残るうちは。
手元のレモンスカッシュは、もうとっくに気が抜けていた。それでも私は、最後まで飲むつもりだった。
これからも。私は、しがみついて生きていく。
※以下の企画に参加させていただきました。
※以下は関連作品になります。
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