七宝菜のその先に【創作】
夕食の準備中、奥さんの茜さんが慌てて叫んだ。
「ああない、何回数えても七つしかないやん!」
八宝菜をつくると彼女は言っていたので、その言葉で推測がつく。僕は笑って言った。
「いや、具材は七つで十分だよ。そもそも八宝ってたくさんって意味じゃなかったっけ。具材が八つなくても……」
「嫌やねん。八がええねん。敦くんも前、コーヒーの名前にこだわってたやん。」
茜さんはぷくっと頬をふくらませる。カフェオレとカフェラテは違うんだよって前に僕が教えてあげてから、そのことを彼女はずっと言う。
「七とか九やなくて、八にしたいねん。」
普段は数字にこだわらないくせに……。なんで今日に限ってそこまで。
こうなると言っても聞かなそうなので、僕は一緒に具材を探してあげることにした。
今入っているのは、豚肉、人参、玉ねぎ、白菜、しめじ、しいたけ、かまぼこ……ふむ、確かに七つだ。僕の好きなキクラゲは、茜さんが苦手だから入っていないのは平常運転だ。
冷蔵庫に手をかける。中は茜さんのこだわりで、きれいに整理されている。
「これは、チーズだね。」
「チーズやね。」
「八宝菜に、合うと思う?」
「今は七宝菜やで。ほんで、合うと思わない。」
そうだよね、と諦める。やはり一宝菜分、野菜があった方がいいか。
「これは? 梅。」
「梅干しやろ。」
「一応、野菜じゃないか。」
「酸っぱいのん嫌やもん。」
まあ確かに、味が変わるとよくないかな。
「あっ、魚肉ソーセージがある。」
「魚肉ソーセージやったら、あんまり味変わらへんね。」
茜さんの顔が明るくなる。
「でもちょっと、賞味期限が切れてるか。」
「ちょっと切れてるぐらいやったらええけど……。」
「二ヶ月前……。」
ここまで過ぎてると、茜さんは食べない。お腹を壊しやすい彼女は、食あたりを大変気にする。
「やっぱり無いなあー。」
「中華だしとかカレー粉は……具材じゃないし、だめだよね。」
「うち、コンビニ行って、なんか買ってこようかな……。」
「わざわざ買い物? 八宝、いや七宝菜が冷めちゃうよ。」
このあたりで、僕の空腹も限界が近かった。具材七つでいいから食べようよ、と説得する方へ気持ちがシフトしていた。
「そもそも、茜さんが八にこだわる理由はなんなのさ。」
茜さんは、少し遠くを見るように言った。
「……覚えてるねん。前に一緒に、高台寺で除夜の鐘つきに行ったときのこと。待ち番号が八十八やったやん。敦くんが『末広がりでいい数字』って笑ったやろ。……あんとき、なんか嬉しかってん。」
僕はその寂しげな横顔に少しどきっとする。
正直、忘れていた。高台寺までの道には人はほとんどいなかったのに、お寺に着くと人がたくさんいた、あの夜。冷たい冬の風の匂いが、記憶の底からわいてくる。
『末広がりで、いい数字だね。』
寒い中、長時間待つことになりそうだから、少しでも前向きなことを言おう、と思って出た言葉だったと思う。
そうじゃないと、あの日の茜さんは、自分が待ち合わせに遅刻したせいで待つことになった、とものすごく落ち込むと思ったのだ。
なるほど……と僕は微笑む。だから今日も八つにこだわってるんだ。
しょうがない、もう一度、探してみよう。
と、冷蔵庫のドアポケットの一番上をまさぐっていたら、手に触れるものがあった。
「これは?」
見えにくい位置にあった、そのざらざらとした食材は、しょうがの欠片。
「しょうがやん。これ、いつのん? においでみて。大丈夫そ?」
「たしか最近だよ。ちょっと余ってたんだな。これ、隠し味にちょうどいいんじゃないか。」
「ちょうどええって何が?」
「忘れたの? 八つ目の具材にだよ。」
茜さんの顔が一瞬でぱっと明るくなる。
「ほんまや、これで八宝菜や! 敦くん、ありがとう!」
鍋に刻んだしょうがを放り込むと、香りがふわっと立った。こうしてようやく、ふたりは仕上がった夕食の匂いに包まれた。
「ほらー、八宝菜にして、よかったやろ?」
そう笑う彼女に、僕は今日も敵わない。ひとつ足りないくらい大したことない、なんて思っていたけど。
その日の夕食で感じた、心に灯る暖かさ。それは、七つではきっと味わえなかったと僕は思う。
※以下は関連作品になります。
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