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せーのっ!【#古賀コン10 / ぼくにもできそう】

ここは近所の地元公民館の和室。今日は、子ども会で祭りの鐘太鼓の練習が行われている。暗くなるのに、外からはまだ蝉の声が聞こえていた。

部屋の後ろの方では、古い扇風機がかたかたと回っている。熱気を冷ますには、やや力不足と言えそうだった。

大きな和太鼓ひとつと、吊られた鐘がふたつ、部屋には準備されている。それらをかわりばんこに叩く。大人数人、子ども十数人が今日の練習に参加していた。

ぼくは、五年生になって今年ようやく「太鼓」を叩く役目を任されることになった。鐘を担当していた去年、ずっと上級生の先輩たちの叩く太鼓に憧れていた。

鐘と太鼓は「せーの」の掛け声で一斉に演奏をはじめるが、太鼓は、鐘をリードする役割がある。その「回」の流れや展開をつくっていく、いわば主役だ。

ドンドン、カッ! と太鼓が鳴れば、同時に鐘がチキチッ、コン! と響く。

そして、鐘が一定のリズムをキープし続けて、太鼓が主役になる 「回し」のパート。ここでは太鼓は、手数の多いワザを自由に披露する。これが、とにかくかっこいい。

──せっかく、任されたのに……。

練習で自分の番が回ってきて、叩くたびに「なんだか違う」というもやもやが生まれていた。去年、鐘を叩いているときには、太鼓のリズムも、テンポも、変わり目のタイミングも──完璧に把握して覚えていたつもりだったのに。なぜか自分が太鼓を叩くと、うまくいかない。

『お前は来年は、太鼓だな。』

去年、太鼓を叩いていた六年の先輩。その言葉がずっと、ぼくの胸に残っている。今は卒業してもういない先輩に、ちょっとでも近づきたいのに。力強く、流れるように響く音。……あの太鼓の音みたいに叩ける日は、いつ来るんだろう。

また、失敗した。鐘のペースが乱れているように感じて、それに合わせにいって叩き方が「ぐちゃっ」とごたついてしまう。ずれてしまっているとき、眉をひそめて、こっちをうかがうように見ている鐘の子の視線が痛い。

交代で叩くから、一日で満足いく回数の練習ができず、ぼくは焦っていた。

休憩時間、冷たい缶ジュースが参加者に配られた。

どうしてだろう。鐘を叩いていたときは、あんなに上手に叩けていたのに、太鼓になると……。飲み干した缶を握る手に、ぎゅっと力がはいった。

ひとり座って、考え込んでいると、見学にきていた参加者のひとりの弟が、ぼくのところにやってきて話しかけてくれた。

「ねえ。太鼓は、鐘と同じのを叩くの? ぼくにもできるかな?」

さっき太鼓を叩いていたから、その男の子はぼくに声をかけてくれたんだろう。自分は、実力はまだまだだけど……。少し、とまどったものの、教えてあげた。

「太鼓は、鐘と同じように叩くんじゃなくて、自分のタイミングで『変わり目』のパートを叩くんだ。そしたら、鐘を叩く人はそれに合わせて、一緒に次のパートにうつっていくんだよ。──練習すれば、きっときみにも、できると思うよ。」

「へえー。じゃあ、太鼓が鐘の人をひっぱっているんだね。かっこいいね!」

ぼくははっとした。

そうだ。

今までぼくは、一緒に叩くふたりの鐘に合わせにいこうとばかりして、自分が「ふたりにとっての基準」になれていなかった。

鐘に「合わせにいく」んじゃない。鐘が少し遅れても、早まっても、太鼓のぼくは揺れずに、自分のテンポで叩き続けないとだめなんだ。

鐘にペースをかき乱されていたと思っていたけど、それは言い訳だ。ぼくは、この男の子が言うように、前に立って、鐘をひっぱっていかなくちゃ……!

「休憩おわり。再開するぞー!」

子どもたちを見守る、大人のひとりが声を出した。

もう一度。今度はきっと、ぼくにもできる。
自分でも無意識のうちに、すっと立ち上がっていた。

「お、坊主から叩くか? 鐘の方もふたり、誰か。」

ふたりの鐘の役の子も、立ち上がってバチを構えた。こちらの顔をみているのを確認し、ぼくはうなずいた。

深呼吸ひとつ。自分のテンポを信じる。
胸の奥で、去年の先輩の声がもう一度よみがえる。

「せーのっ!」


※以下の企画に参加させていただきました。
    2025/12/8  17:15 ~ 18:15(本文執筆時間のみ。プロット考案は時間外)


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財布野紐ゆるみ 書いてる人も偉い。書いてないけど考えてる人も偉い。まぶしい。