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第五話 義経伝説時を超えた殺意

 翌日は、館長との約束通り、俺は博物館に来ていた。
 博物館は、この間までの喧騒とした雰囲気とは異なり、今は人影もなくひっそりと建っている中、蝉の声だけが響き渡っていた。
 正直、財宝探しの続きも気になるけど・・先ずは頼まれた掃除も、しっかりやらなければ!
 俺は、自分の頬を平手でパンッと叩き気合を入れなおすと、裏口にのドアに手を掛けた。
 事務所には、もう斎藤館長が来ていた。
「おはようございます。館長」
 なるべく元気良く声を掛けた。
「ああ、小鳥遊君おはよう。ごめんね、休みなのに手伝わせて」
 館長も、笑顔で答えてくれたのだが、ここ数日の疲れが如実に顔に表れていて、顔色も悪かった。
「館長、九条先生も今日来てくれるみたいだし、力仕事は俺たちに任せてください!」
「うん、九条くんも来てるれるって連絡を貰ってるよ、あと、佐藤刑事さんも顔を出してくれるみたいだね?」
 そう言いながら、マグカップに手を伸ばした館長の袖が、飾ってあった花瓶に当たってしまい、ガチャンと大きな音と共に花瓶が割れてしまった。
 焦った館長が素手で割れた破片を拾おうとしたので、慌てて屈み館長の手を止めた時に、その反動でポケットからカランっと何かが落ちてしまった。
 ふと、落ちた物に目をやると、昨日の勾玉だった。
 しまった。昨日帰ってから家に置いておこうと思っていたのに、財布に入れっぱなしだった。
 俺は、焦って勾玉を拾おうしたが、一瞬早く館長に拾われてしまった。
 館長は、拾った勾玉をマジマジと見始める。
「すごく綺麗な勾玉だね」
 言いながら館長がなかなか勾玉を返してくれない・・・
 俺は他人に見られた事にちょっと焦り
「館長、返して下さい」とお願いした。
「ああ、ごめんね。仕事柄かな、僕もこういうの好きなんだよ。小鳥遊君も勾玉なんか持ってるんだね?」
「そうなんです。あの、宝物なんです・・・」
 その言葉を聞いて、やっと勾玉を返してくれた。
 しかし、他人に見られた事に動揺していた俺は、背中に変な汗をかいていた・・・
 花瓶を片付けていると、そこに九条先生がやってきた。
 九条先生と館長が挨拶を終えて、俺と先生で展示室を片付ける事になった
 最初は館長も展示室の掃除を手伝おうとしてくれたのだけど、先生もいるし、後で佐藤刑事に来てくれるから、と説得をし、館長には事務所で軽作業をして貰う事となった。
 
 俺と先生は、掃除道具を持って展示室に向かった。
 展示室の中は、盗難事件のあった当時から時間が止まっているようだった
 ペンキを掛けられた防犯カメラと、割られた展示ケース以外は特に荒らされておらず、俺たちは一応写真を撮りながら慎重に掃除に取り掛かった。
 それにしても、剣が入っていたケースは見事に粉々になっていた。
 そのガラスの破片を拾いながら、何気に細かい破片を見比べていく。
「んっ?」
 その小さな破片の一つに何か違和感を感じる・・・
 んー、なんだろう?
 俺が、手を止めて考えてる所に元気な声が聞こえてきた
「お疲れ様っス。翔馬っち、小鳥遊君!」
 顔を上げると、今日も童顔で髪をピシッと決めた佐藤刑事が入って来た。
「おぅ、来たか」「お疲れ様です」
 先生と俺は、一旦手を止め佐藤刑事の所に集まった。
「それで、何か新しい事は分かったのか?」
「もう、知りたがりですね翔馬っち」
 それから、声のトーンを落として話はじめた
「実は、昨日から警備主任の青木さんと連絡が取れないっス」
「えっ?青木さん・・・」
 佐藤刑事は俺を見て大きく頷くと
「そうなんス。実は、事件のあった日の夜に、もう少し聞きたい事があって電話したんスけど、繋がらなくて・・仕方なく翌日、刑事が自宅に行ったんスけど留守だったんっス。それから今に至るまで行方が分かってないっス」
「警察は、青木さんを疑っているのか?」
「まぁ、防犯カメラの死角とか、鍵のある所とか、見回りの時間とか詳しい人は、基本調べるっスよ。青木さんは警備主任という立場上、すべてを把握してるっスからね」
 ・・まぁ、言われると確かにそうだ。今回の犯行も、わざわざ防犯カメラに一瞬映っておいて、スプレーをかけている。
 おまけに、他の防犯カメラには何も映っていなかった事を考えると、確かに、防犯カメラの撮影範囲を熟知している者の犯行に見える・・・
 でも、あの温厚そうな青木さんが盗みや、ましてや殺人なんて・・
「それで、警察も青木さんについて調べたっス。そしたら、ギャンブルでかなり借金がある事が分かったっス」
 それは、俺にとっては信じがたい真実だった。俺にいつも優しく接しくれた青木さんの笑顔が脳裏に浮かぶ
「でも、剣なんか盗んでも、お金になるんですか?」
「小鳥遊君・・・残念だけど、世の中には手に入らない物を求めるコレクターは多いっス。ましてや、剣なんかは海外の人にも人気っス、義経の伝説の剣だったら裏のオークションで、数千万からいくんじゃないっスかね」
「でも、窃盗事件は、そうかもしれないけど・・・殺人は、無理です!だって、隣の部屋だけど、入り口は回り込まないといけなくって、剣盗んで、資料室行って、人を殺して、他の警備員に出会わずに逃げるなんて不可能です!」
 俺は、やや興奮気味に佐藤刑事を睨みつけたのだが、佐藤刑事は、それに動じることもなく、静かに上を指さした。
 そこには、隣の資料室と展示室をつなぐ小さな小窓があった。
 それまで、腕を組みながらジッと静かに話を聞いていた先生が、小さな声で「そう言う事か・・」とつぶやいた。
 先生のその言葉を聞いた佐藤刑事は、嬉しそうに頷くと
「やっぱわかっちゃったスか?さすが翔馬っち。そうなんス、あの小窓に何かを括り付けた跡があったっス。」
「つまり、小窓にボーガンなどを括り付けて発射させる状態で、糸か何かで止めておけば、こちらからも藤堂さんを殺害する事が可能だと・・」
「でも、剣が欲しいだけなら藤堂さんを殺す必要はなかったでしょう?」
 俺は、反論を試みる。だって青木さんが殺人なんて、とても信じられない
「今回の盗難事件が、あらかじめ計画されたものだったら、なんらかの理由で藤堂さんが、その事を知ってしまったのなら、口封じに殺された可能性もあるっス」
「まだ、可能性と言うだけで、そうだと決まった訳じゃないからね」
 先生は、話しながら俺を落ち着かせるように俺の肩に手を掛ける
「何にしても、青木さん本人から話を聞きたいっスけど、何処にいるのかわかんないっすから、聞けないっス」
「逃走経路は、やっぱり廊下の割られた窓かな?」
「はいっス。窓には、何者かが出て行った痕跡があったっス。でも、その後の足取りは、ぱったりとないっス」
 佐藤刑事はお手上げとばかりに、手をヒラヒラさせながら期待の眼差しで先生を見る。
「翔馬っちの方は、何か気づいた事とかないっスか?」
「ああ、実はね・・・」と昨日の勾玉のくだりを佐藤刑事にも説明をした。
「何っすか!その伝説の渋滞はっ!!凄いっスね!」
 興奮して声がでかくなった佐藤刑事の様子は、昨日の自分を見ているみたいで、ちょっと恥ずかしくなってくる
 一通り先生の説明を聞いた佐藤刑事は、一瞬考える仕草をしながら俺に視線を移した。
「小鳥遊君は、何か気づいた事ないっスか?」
「そうですね・・・今片付けている、このガラスの破片にちょっと違和感が・・・?」
「この辺のガラスっスね、ちょっとした違和感は大事っス。この破片を持って帰って鑑識に見てもらうっス」
「あ、でも、何が違和感かわからなくて・・・」
「大丈夫っス。何もなければ、それは一つの真実っス。気になる事は全部調べるっスよ!」
 言いながら、佐藤刑事は落ちている破片を素早く拾い集めた。
「そう言えば、八咫烏って足が三本ある鳥っスよね?」
 佐藤刑事が、それまでの手を止めて、必死に何かを思い出そうとしている
「最近、どっかで見た気がするんス。どこだったスかね」 
「佐藤刑事も・・実は俺も、昨日から、ずっと考えてるんですけど・・どっかで見た気がするんですが・・・」
 そんな俺たちの様子を静かに見ていた先生が
「二人とも見たことがあるんだったら、この博物館にある物じゃないか?」
 とアドバイスをくれる。
 博物館でねぇ、言われてみるとそんな気もする・・・
 博物館・・・俺はここで目にした物を必死で思い返した。エントランスから博物館を頭の中で歩いていく・・・と、唐突に頭に閃いた物があった。
 中じゃない、外だ!!
 それは、佐藤刑事も同じだったらしく、俺たちは二人で顔を見合わせて
「マンホール!」「マンホールっス!」
 と二人同時に叫んだ。
「そう、逃走経路の割られた窓の下にマンホールがあったっス」
「そのマンホールの蓋に小さな八咫烏の模様が入っていたんだった!」
 そう叫ぶと俺たちは、急いでマンホールがある所へ移動した。

 マンホールは、割られた窓のすぐ下にあった。
 全員の視線が、マンホールの蓋に集められた。
「あるっスね八咫烏」「あるね」「ありますね・・・」
 そう、マンホールの蓋には、八咫烏の模様が小さく入っていた。
「これは、開けてみるしかないっスね」
 佐藤刑事がマンホールに指を掛ける。
「いや、さすがに素手では無理なんじゃ・・・」
 俺たちが見守っている中、佐藤刑事が力を入れると、予想外に簡単に蓋が開いた。
「・・・開いたっス」「開いたな・・」「開きましたね・・」
 俺たちが開いたマンホールの中を覗くも、中は暗くここからでは様子が分からない。
 意を決して、佐藤刑事が持っていた懐中電灯を口に咥え、梯子を下り始めた。
 それに先生と俺も続く・・・
 中は、思ったよりも深く、湿気を含んだ独特のに匂いが鼻につく。重苦しい空気の中を俺たちの足音だけが反響していた。
 下に着いた俺たちが、懐中電灯で周りを見渡す。
 すると、目の端に人影を見た俺は、思わず悲鳴を上げてしまった。
 すぐに佐藤刑事が光を照らしてくれる。
「あれを見るっス!」
 そこにあったのは、脱ぎ捨てられた鎧だった・・・
 俺たちは顔を見合わせて頷きあう。
 間違いなく、犯人はここから逃げたんだ!
 しかし、この広い地下空間は何なんだろう?
 俺たちが、慎重に周りを見渡していると、「ブーブー」と佐藤刑事の携帯が震えた。
「はい、佐藤っス。えっ・・・はい。マジっスっか。はい。すぐに向かいます。それと、博物館に地下室を見つけたっス。そこに、犯行に使われた鎧も置いてあるっス。鑑識をまわして下さいっす。はい。では。」
 電話を終えた佐藤刑事が険しい表情をした。
「青木さんが死体で発見されたっス」
「・・・青木さんが死んだって、なんで?」
 驚きのあまり、言葉がうまく出てこない・・・
 そんな俺の様子を察した佐藤刑事は
「まだ詳しい状況は分からないっス。俺はこれから現場に向かうっス。先ずは、状況を把握するのが先っスよ」
 冷静に話しながら、先生に視線を移し
「翔馬っちも一緒に来るっス」その言葉に先生も頷き返し
「よし、館長に事情を説明した後、すぐに現場に向かおう!」
 二人が冷静に話しているのを聞きながら、俺は思考がついていかず叫びたい衝動を抑えながら、なんとか二人に向き合う・・・
「あっじゃぁ俺は、鑑識さんにこの場所を案内したら帰ります・・・」
 精一杯冷静さを装いながら自分にも言い聞かす。だって俺が現場に行ったら迷惑を掛けてしまうだろう、だから今は自分に出来る事をするんだ。
 そんな俺に、二人は温かく頷き返すと、一斉に動き出した。

 先生たちが現場に向かった後、マンホールの前で待っている俺の元に館長が小走りに走りながらやってきた。
「小鳥遊くん。九条くんから聞いたよ。地下室だって!」
 俺の元にきた館長は、息も絶え絶えの様子で、朝からの顔色の悪さが一層悪化したようだった。
「館長、俺が警察の人を案内するので、帰って休んで貰っても・・・」
「いや、大丈夫だよ。寧ろ私が残るから小鳥遊君が帰ってもらっていいよ」
 そう言いながら、興味深げにマンホールの中を覗いている。
 俺は、館長が落ちるんじゃないかと心配になり、館長の腕を支えつつ
「じゃぁ、二人で待ちましょう」と提案した。
「館長は、地下室の事は知っていたんですか?」
「いや、初めてこんな所があるって知って驚いているよ!」
 そして、一瞬言葉を詰まらせて
「青木くんの事もきいたよ・・・」と目を潤ませながら口にした。
「館長は、青木さんとは仲良かったですか?」
 あまり、青木さんの話に触れたくなかったが、話の流れで自然に聞いてしまっていた。
「うん、年も近かったしね。何度か飲みに行った事もあるよ」
 そう話す館長の頬には、涙が流れていた。
 そうか、俺よりも付き合いが深いなら、今回の一連の出来事はかなり堪えているだろう・・俺たちの間には、夏の湿気を含んだ重苦しい空気が流れていた。
 程なく、警察が到着し現場は慌ただしい雰囲気に包まれた頃、俺は一足先に家に帰るため、博物館を後にした。


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