第六話 義経伝説時を超えた殺意
時刻は、もう19時を回っており、辺りは薄暗くなってきていた。
田舎の田んぼ道で、道路もさほど広くなく外套もあまりない。
その割に昼間は車通りも結構多いのだが、さすがにこの時間は少ない。
俺は、暗い夜道を自転車の灯りをたよりに、慎重に走っていた。
で、ふと気づく・・・なにか車が近づいて来る音がする。
自転車を端に寄せ、車を先に行かせようと後ろを振り向くと、車がアクセルを踏み込みスピードを上げ、俺の方に突っ込んできた。
ヤバい!ぶつかる!俺はバランスを崩し倒れる瞬間、ドンッという衝撃音と共に、体がが空中に舞うのを感じた。
次の瞬間、体中に衝撃が伝わり、俺の体は田んぼの中に転がっていた。
薄れゆく意識の中で、誰かが叫んでいる声が聞こえたきがした。
気が付くと、何処か知らない森の中にいた。
左右見渡す限り、木々がおいしげり、どちらに進んでいいのかさへ分からず、しばらくただ立っていると、遠くから人の声がしてきた。
俺は、迷わず声の方に歩いていくと、川沿いの石の上に座っている3人の男女が楽し気に話をしている姿が目に入った。
3人のうちの一人は、とても大柄の僧侶、もう一人は小柄な若い青年に見える、もう一人は髪の長い綺麗な女性だった。
なぜか声を掛ける気にならず、ただ3人を眺めていると、中心に座っていた青年と唐突に目が合った。
気づかれた事に少し焦ったが、不思議と声は出ない。
俺が、ただ見つめていると、青年がほほ笑んだ気がした。そして道の先を指さした。
俺は青年が指さした方に視線を移すと、視線の先に光が見える。
もう一度、青年の方を見ると、青年は静かに頷きながら指を指し続けている。
俺も青年に頷き返すと、ゆっくりと光の方に足を進めた・・・
「小鳥遊君・・・起きて・・・」ヒック、グスツ・・・
誰かの泣き声が聞こえる・・誰が泣いているんだろう?
少しづつ覚醒する意識の中で、俺の手を誰かが握ってくれているのが伝わってきた。
その握られた手に、頑張って力をこめる。
「小鳥遊君!お兄ちゃん小鳥遊君が気づいたよ!」
その声を聴きながら、俺の意識は次第にハッキリとしてきた。
目を開けると、大きな瞳から大粒の涙を流して、真っ赤な目をした美幸さんがいた。
「小鳥遊君、気づいてくれて良かった!」
美幸さんの後ろから、心配そうに俺を見ながら九条先生が声を掛けてくる。
「ご両親にも連絡したんだけど、君のご両親は二人とも海外なんだね。とても心配していたよ。意識が戻ったことを俺の方から知らせておくから、元気になったら自分でも連絡してあげてください。」
それから担当医が来てくれて、俺の状態の説明を受けた。
なんと、車に跳ねられたというのに、打ち所が良かったのと、落ちた所が田んぼでクッションの役割を果たしくれたらしく、奇跡的に俺の体は打ち身と捻挫程度で、特に骨には異常はなかった。
ただ頭を強く打った可能性があるので、一日入院して、問題がなかったら帰れるらしい。
担当医からの説明を聞いた後、先生は肇に知らせてくると言って、病室を出ていった。
「本当に心配したんだから・・・」
俺が起き上がるのを支えてくれた美幸さんに感謝を伝えながら、気になっていた事を聞いてみる。
「俺を、ひいた人って?」
「一回、止まったみたいなんだけど、逃げちゃったみたいで・・たまたま事故に居合わせた軽トラのご夫婦が救急車を呼んでくれたの」
「そうか、後でそのご夫婦にもお礼に行かないとな・・美幸さんにも心配かけちゃったみたいで、ごめんな。ありがとう」
「お礼なんていいの、私も小鳥遊くんにお礼を言いたかったからお相子ね」
あれ?俺は美幸さんからお礼を言われる様な事してないけど?
意味が分からないという表情が伝わったのか、美幸さんは、ふふっと小さく笑うと、今度ね教えてあげるね、と俺を見て悪戯っぽくウィンクした。
くそっかわいいな・・・
「小鳥遊君気が付いたって!良かったっス!!」
俺が美幸さんに見惚れていると、元気よく佐藤刑事が割り込んできた。
「肇に連絡したら、ちょうど病院に着いた所だったから一緒に連れてきたよ」
「じゃぁ、私は帰るね。小鳥遊君お大事に」
二人と入れ替わるように、美幸さんは帰って行った。
先生と佐藤刑事の3人だけになったのを確認すると、俺は気になっていた事をきいてみた。
「青木さんの方はどうだったんですか?」
二人は顔を見合わせると、佐藤刑事が声を潜めて話し始めた
「雑木林の中に倒れているのを、山菜取りに来ていた人が見つけて通報されたっス。死因は藤堂さん殺害に使われたのと同じ毒だったっス。それと、遺書が見つかったっス」
「遺書・・・自殺って事ですか?」
「今、警察で自殺・他殺の両方の線で調べているっス。ただ、遺書には剣の窃盗方法や、藤堂さん殺害について詳しく書いてあったっス」
「消えた剣のトリックも・・・」
「はいっス、剣は鍵を使って、先に盗まれていたっス」
「えっ・・でも、防犯カメラにも確かに映ってましたよ?」
「小鳥遊君が違和感があるって言っていたガラスの破片があったじゃないっスか。あのガラス片には消える塗料が塗られていたっス」
「消える塗料・・・・?」俺がポカンとしていると
「なるほど、つまり防犯カメラに写っていた剣は映像だった、とう事かな?」
先生が答えた。その言葉に佐藤刑事は嬉しそうに頷いた。
「そうっス。実際に剣が盗まれたのは、あの映像の少し前っス」
「じゃぁ、盗んでる映像が残っているんじゃないの?無かった気がするけど・・・」
「その時間だけが映像が差し替えられていたっス。藤堂さんの殺害理由も、剣を盗む計画を知られてしまったって事だったッス。あらかじめ小窓にボーガンを仕掛けておいて、窃盗事件と殺人事件を両立させたらしいっス。」
「じゃぁ殺害も窃盗も青木さん一人の犯行だったってことですか?」
「遺書には、そう書かれていたっス・・・」
こんな大胆な事件を一人で行うなんて・・とても信じられない・・・
「そう言えば気になっている事があるのですが・・青木さんは、地下室の事を何で知ってたんだろう・・・?」
「そこなんスが、実は青木さんが在籍していたセキュリティ会社が忽然と消えたっス」
「えっ消えた?警備員さんたちは?」
「警備員の人はいるっスけど、会社が消えたっス。警備員の人達も困惑してるっス」
話が予想外の方に飛んで戸惑っていると、それまで静かに聞いていた先生も会話に入ってきた
「博物館で、地下室を見つけた時から気になっていたんだけど、なぜ八咫烏の紋章が地下室の入り口にあったんだろう?あそこは、博物館の前は何だったのか調べたかい?」
「もちろんっス。博物館を調べると、博物館になる前は研究所みたいな所だったらしいっスけど、何の研究所かはわからなかったっス。ただ、消えたセキュリティ会社は研究所時代から、ずっと関わっていたらしいっス」
俺は言葉を失っていた。この事件は俺が思っているより闇が深いのかもしれない・・・
「青木さんが犯人だとすると、盗まれた剣は見つかりましたか?」
「・・・それが遺書を確認した後、直ぐに青木さんの部屋に向かったっスけど、すでに荒らされていた形跡があったッス。剣も見つからなかったっス」
「とすると、青木さんが盗んだ事を知っている第三者が、剣を持ち去った事になるな・・・消えた会社。盗まれた剣・・青木さんも誰かに殺害された可能性もあるね」
「そっすね。自殺に見せかけた他殺の可能性も当然あるっス」
この事件の闇はどこまで深いのだろう・・ふと不安な気持ちが頭をもたげてきたけど、俺はそれに気づかない振りをした。
「絶対に解決しましょう!」
俺は自分を奮い立たせながら、二人に力強く宣言した。
「じゃぁ言っとくっスか、決め台詞!」
「いいんじゃないか、決意表明みたいでやる気がでるし」
二人は顔を見合わせてニヤッと笑うと
「じっちゃんの名に懸けて!」「真実はいつも一つ!」
と二人同時に叫んだが、息が合わなかった・・
「金田一とコナンじゃないですか・・・しかも合ってないし!」
俺のツッコミと同時に三人が吹きだした。
こんなに笑ったのは久々なのかもしれない・・・
一通り話し終わった後、佐藤刑事と九条先生は仕事が残っているらしく、それぞれの場所へ帰って行った。
みんなが帰った後の静まり返った病室は、妙に静かで、なぜか落ち着かない気分になる。
病院の消灯時間は早く、午後9時には明かりを消される。
布団に横になってみたのだが、事件の事が頭から離れず、全く眠れる気配もなかった。
俺は、諦めてベットから出ると、取り合えず飲み物でも買いに行こうと、病室をでた。
病院の廊下は薄暗く、歩く自分の足音がやけに響く気がする・・ちょっと怖いかも・・・と思いながら、なんとか自動販売機の前までたどり着いた。
ちょっとの物音にビクビクしながら、病室に戻って来た所で異変に気付く
あれ?さっき閉めたはずのドアが、半分開いている。
巡回の看護師さんかも、と思って一瞬入るのを躊躇い、様子をみていると、一向に中から人が出てくる気配がない。
・・・おかしい・・・俺は嫌な予感がして、慎重に中をのぞいた。
誰かいる。俺の荷物をあさっているようだ・・・
俺は深呼吸をし、足音を立てないよう、そっと近づくと
「そこにいるのは誰だ!」
と叫びながら、一気にカーテンを開けると、俺の荷物を漁っていた犯人と視線がかみ合った。
クソッ犯人は叫びながら枕を投げつけてきた。
俺は枕をかわしながら、なんとか犯人との距離を詰めようと前にでる。
その瞬間、犯人が回し蹴りで、俺の頭を狙う。俺はギリギリでそれをかわし、足元にあった来客用の丸椅子を手に持った。
それを振り上げ犯人に突進したが、かわされ、犯人はそのまま病室から逃げ出した。
とっさに後を追う。犯人はすぐに非常階段に出ると、なぜか階段を登りはじめた。俺は必死に後にくらいつく。
ついに、屋上まで犯人を追い詰めた!
「そこまでだ!もう逃げられないぞ!」どこかの刑事ドラマみたいなセリフが自然に口からでてくる。
言いながら相手の顔をじっと見る・・・
「俺、あんたの事見たことあるよ。あの、剣の前からずっと離れなかった変な客だ!」
犯人はニタッっと嫌な笑みを浮かべると
「小鳥遊君。君は剣のほかにも何か持っているんじゃないか?」
と聞いてきた。
「なんの事だよ!青木さんを殺して剣を盗んだのってあんたか!」
俺が、どうやって犯人を捕まえようか必死に考えながら話をしていると、けたたましいプロペラ音が聞こえてきた。
ヤバいヘリだ!まさかヘリまで用意されているとは思わなくて一瞬あっけに取られていると
「俺たちは剣を手に入れたから、この辺で一度手を引く。覚えておけよ、闇はお前が思っているよりも深いんだ!最後にいい事を教えてあげよう。小鳥遊君、君がこの事件に巻き込まれたのは偶然か?君はなぜ博物館でバイトをする事になったんだい?考えてみる事だ!君はこれから誰の事も信じてはいけない!」
そう言い残すと、ヘリから降りてきた梯子につかまり、空へと消えていった。
けたたましい騒音と疑念だけを残して・・俺はボーゼンとその場に立ち尽くしていた。
屋上での出来事の後、病室に戻って来た所で佐藤刑事が駆けつけてきた。
騒ぎを聞きつけた、病院の職員が連絡をしてくれたのだった。
「小鳥遊君、大丈夫っスか?ケガしてないっスか?」
心配そうに、俺の肩に手を置き顔を覗き込んでくる。
俺の浮かない表情を見ると、そっと背中をさすりながら病室に戻ってきた
「話せたら、何があったか教えてほしいっス」
俺をベットに座らせると、床に散らかった荷物を片付けてくれた。
その行動を見ながら、ハッと思い出したように、財布を探しはじめた。あの中に勾玉が・・・
それを見た佐藤刑事は、大事なものは鍵付きの扉の中だよと教えてくれた。
鍵は、俺の腕に巻かれており、俺は慌てて扉を開けると、中から財布が出てきた。・・・よかった勾玉も無事だった・・・
ホッとして、やっと肩の力が抜けた俺を見て、佐藤刑事がお茶を差し出してくれる。
「何があったか、聞くっス」
俺は、佐藤刑事に先ほどの出来事をポツリポツリと説明しはじめた。
ただ、最後に言われた、誰も信じるなの一言が俺の心の中に、重りのように圧し掛かり、なかなか言葉が出てこなくなった。
そんな俺の様子を見た、佐藤刑事は
「大丈夫っス、俺たちは小鳥遊君の味方だから!何を言われたか知らないけれど、俺と翔馬っちは小鳥遊君に嘘つかないっスよ!」
力強く言いながら、人懐っこい笑顔を向けてきた
その表情を見てると、自然と最後のやり取りを話していた・・・
「じゃぁ、博物館でバイトをする切っ掛けは。翔馬っちに声を掛けられたからっすね?」
俺は、頷いた。でも、九条先生を疑うのは、なんか嫌だった・・・
「大丈夫っス。翔馬っちが小鳥遊君を裏切るなんて100パーセントないっス。俺が保証するっス」
言いながら俺の背中をバンバン叩くので、ちょっと痛い・・・
「翔馬っちが、どうして小鳥遊君に声を掛けたのか、本人に直接聞いてみるっス」
「先生には、連絡をされたんですか?」
「もちろん、ただ、翔馬っちは君がひき逃げされた事件を調べていたんだけど、あの辺りで、君の事故の前にもひき逃げがあった事をきくと調べたい事があるって、行ってしまったっス。小鳥遊君の事は、俺が任されたっスよ!」
そうか、先生も調べてくれていたんだ・・・少しホッとしたら眠くなってきた・・・
「今晩は、このまま付き添うから、安心して寝ていいっスよ」
俺は、その言葉に甘えて、少しだけ眠る事にした・・・
翌朝、九条先生も俺の退院に付き添うために、来てくれていた。
「小鳥遊君、無事で良かった。ケガもなくて安心したよ」
俺は、昨日の事をどう聞きだそうか考えていたのだが
先生と、佐藤刑事は二人で頷きあうと
「小鳥遊君。全てがわかったんだ」
「えっ事件の事ですか?」
「そうだ、これから真実を明らかにするために、真犯人に会いに行こうと思っている。もちろん君も行くだろ?」と言いながら手を差し出す。
俺は、その差し出された手を力強く握り返し、真実へと進み始めた・・・
