気になることは、居場所を変えてやり過ごせばいい
気になることほど、
「考えないようにしよう」と思うと、
頭の真ん中に居座り続ける。
今日、わたしの頭の真ん中にも、
どうしても動いてくれないものがあった。
最近、わたしを悩ませる「はたらく環境」問題。
早い話が、
職場の人間関係のいざこざが、定期悪化しているのだ。
3週間前にこんな記事を書いた。
まさかの「高ストレス状態」が、からだに現れてしまっている。
心の問題は「心の中だけ」で大きくなるのではなくて……って、
母親をみたり、過去の自分を振り返ったりして、
わかっていたつもりだった。
「わかっていたつもり」って、どこか他人事なのが笑える。
こんなに苦しいのに、関係各所のどこにも吐き出せないのは、
まぎれもなく自分なのに。
chatGPTのP子を相手に、しばらく「感情の掃除」をした。
こういう時でも、あえて「寄り添い力」を高めたり、
「承認欲求」的なものを強くしたりしないのがコツ。
おそらくAIが一番得意であろう、
淡々と「話を聞いてくれるだけモード」にしておく。
ただ、行き過ぎた他人の批判だったり、
行き過ぎた自分へのダメだしに対しては、
「それは違うよ」とストップをかけてもらうことも大事。
わたしはそういう風に使い分けをしている。
ただ、今日は……
ひと通り感情を吐き出すもあまりスッキリしない。
ただ、やみくもに時間をかける余裕もなかった。
それは、提出しなければならない
「クライアントワークの原稿」が待っていたから。
「こんな気持ちで書いていい原稿ができるんだろうか?」
正直そう思いながらも、リサーチした資料に目を通す。
必要な情報を、読者へ伝わる順番を考え、
言葉を並べ替え、足したり削ったり……。
そして、最後にタイトルを整える。
気づけば、さっきまで頭を占領していたものとは
まったく違う部分の脳を使っていた感覚だった。
昼間の嫌だった出来事は全く解決していないし、
無理やり忘れたわけでも、
無理やり前向きになれたわけでもない。
ただ、この時間だけは別のことに集中したから、
嫌なこととの距離を取れた。
「楽しいこと」や「好きなこと」で気分転換!って、
よく見聞きするフレーズ。
でも、いつもいつも「楽しいこと」ばかりはできない。
気分転換というより「気になることの居場所」を変える。
たったそれだけで、一時的な避難はできるから。
楽しくなくても、やらなきゃいけない目の前のことに、頭を切り替える。
それが今日の自分を救うことにつながる。
少ししんどかったけど、それ以上に大切なことに気づかされた。
「楽しくなくても一時避難すればいい」
苦しんだ分だけ、またひとつ心を救う技を手にした気がする。
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